「いくら口で酷いこと言ったところで、中身は変わらないよ」
深い深い、隙間という隙間をどこまでも埋め尽くしていきそうな、ため息が出た。彼の顔を見る。その目を見た。なんの偽りも持たない綺麗な目。そしてそれは確かに、あのどうしようもなくひねくれてしまった人間の持っている目なのだ。考えて、辿り着いて、どうでもいい、そう何度言い聞かせても、結局はまた次の結論へ。いつまでも、堂々巡りだ。あいつが、自分を責めることはできても、それと折り合いをつけることができない為にどんどん自分を苦しめていく、どうしようもなく不器用な奴なのだと、僕は多分、僕だけが、初めから気づいていた。そしてずっと、他の誰かが、自分と同じように気づいてくれるのを待っていた。
「誰も君が想うように、真咲を想ってはくれないんだ」
ゆっくりと、言い聞かせるように、彼はそう言った。それは、どれだけ悲しいことだろう。傍に居ても誰も気がついてくれないのと、誰も傍に居ないのでは、どちらが孤独だろうか。
僕は彼の隣へ移動して、同じように壁に寄りかかった。
「俺、あいつとまともに口きいたことあったかな」
僕は心の中でずっと、岬真咲を責めていた。きっと大人になればなるほど、彼の様な人間は、煙たがられて、嫌われていったに違いない。その度に、彼はその責めを感じ取り、この自らの無意識の産物によって、自身の首を絞めてきた。ずっと、その方法しか、彼にはなかった。それを知っているのが僕だけだったとして、でもその綱粒のような一滴が、なんの役に立つだろうか?彼が人を傷つける度に塗りつぶしてきた責めに、とても太刀打ちできるとは思えない。そう、僕は怖いのだ、彼の結末を見るのが。いや、違う、役に立たなかったときの、自分を見るのが。
「何も変わらないかもしれない」
僕は言った。
「それならそれで仕方ない。君に救ってもらおうなんて思ってないよ」
「じゃあ──」
「ただ、一度くらい、きっかけを与えてやってもいいだろう?それで変われなければ、そこまでだよ。真咲は、いままでたくさん酷いことをしてきたしね」
「・・・・・・・恨むなよ」
やっとのことでそう吐き出した声は、どーしようもなく情けなく響いた。けれど、彼は笑った。自分に対しても、そうやって笑ってやれば簡単なのにと思う。でもそれができないのが岬真咲なのだ。もう彼の殆どが、凝り固まった罪悪感の塊になってしまった。浸食された人格は、果たしてどのくらい残っているだろうか。そこに初めて直接かけられる僕の声は、本当に届くのだろうか。でも、やってみるしかないのだろう。彼に会ってから、本当にたくさんのことを考えてきたのに、僕はまだ、何もしたことがないのだから。