小説

『ミサキ・マサキ』和織(『ウィリアム・ウィルスン』『不思議の国のアリス』)

 僕は坂田を見た。ああ、今回はこいつだったのか、と思った。あのとき坂田はあの場にいて、きっと、小学生だったときの僕と同じように、岬真咲の理不尽な行動に怒りを感じていたのだ。しかし、坂田を見ていて違和感がした。もし坂田が自分と同じ経験をしたのだとしたら、あまりにも、あっけらかんとし過ぎているように感じたのだ。
「坂田・・・あのさ」
 恐る恐る、僕は彼に声をかけた。
「何?」
 こちらを向いた坂田の顔は少し得意そうで、僕をますます混乱させた。
「や、さっき、なんか変なもの、見なかったかと思って」
「変なもの?」
「や、岬の・・・」
「え、何?」
「・・・いや、何でもない。お前、すごいな。やー、マジで尊敬するわ」
 坂田の肩を叩きながら、僕はそう言ってごまかした。すると彼は、まんざらでもないという表情をした。
『見たいようにしかものを見ない人間と、在るものをただ見てしまう人間がいるってことだよ』
 あの幻の放った言葉が、頭の奥で響いた。
 誰もが、自分の欲望を叶えてくれる者を望む気持ちを持っているし、妄想の中で物事を正当化しただけで、ヒーローになったと思い込むことだってできるだろう。自分は馬鹿だったと、僕はようやく悟った。人間とは本来そういうもので、そういうありふれた心情や状況が、現実を造っているのだ。坂田の様に受け入れてしまえば、それが自分にとっての現実になった筈だった。初めからちゃんとそれを選んでいれば、きちんと足元を見ていれば、穴に落ちず、厄介な思い出を抱える羽目にはならなった。けれどそれに気づくことができたから、僕はやっと大きな安堵感を得た。坂田がヒーローなら、自分もそうなのだと思えばいい。あのときも大勢が、自分の望通りの発言を、誰かがしてくれるのをただ待っていた。自分はその想いを叶えた、ヒーローなのだ。そう、思い込むことが、あのチシャ猫と決別する唯一の方法なのだ。
「そういえば坂田今日来てなかったね」
 ウッチーに突然そう言われて、僕は少し驚いた。今僕らは、駅に向かって歩いている。トミーと今ちゃんは別の路線なので、さっき別れてきた。
「でもまぁ、別にそんな仲良くなかったし」
「うん。でも坂田さ、なんかー、あったじゃんヒーロー的なエピソード」

1 2 3 4 5 6 7 8 9