「ねぇ今の、あれ、また俺がやったことになる訳?また、やってもいないことでヒーロー扱いされなきゃなんないの?」
先に歩き出した彼を速足で追いかけながら僕は言った。こっちは必死に隣に並んでいる感じなのに、なぜか相手にはすごく余裕があるように見えた。
「さぁ、どうだろうね。みんな、見たいものを見たいように見るだけだよ」
「全然意味わかんない。頼むからやめてくれよ。もう嫌なんだよこういう、訳わかんないこと」
「真咲はね、呪いだと思ってるんだよ」
本人の姿をして、それを他人事のように、彼は言った。
「呪い?」
「そう」彼は足を止めた。「呪いの幽霊がいて、自分をつけまわしてるって思ってるんだ。君と小学校で出会う前から、もう何度も、事あるごとに、あのときみたいに、今日みたいに、誰かの心が真咲を咎めて、でも真咲は、それが全部一人の幽霊の仕業だって思ってるんだ。その幽霊がどこまでも自分を追いかけてきて、色んな人間に乗り移るんだと思い込んでるんだ」
「・・・何それ、わかんないよ。俺乗り移られてないし、つーかなんであのときみんなは、お前を俺だと思った訳?お前・・・・・誰なんだよ」
僕がそう言うと、彼は僕に体を向けて、まるで表情が無い顔で僕をじっと見つめた。それが、とても怖ろしかった。
「見たいようにしかものを見ない人間と、在るものをただ見てしまう人間がいるってことだよ」
彼はそう言った。耐えられず、僕は俯いた。その先には、黒い靴があった。岬真咲の靴だ。こいつがこれを履いているなら、岬真咲は何を履いて家に帰るのだろう?ふとそう思った。耳元で、そんな僕をふっと笑うような声が聞こえた気がした。顔を上げたら、彼は風と一緒に消えた。まただ、と思った。人の戸惑いを楽しむ、一方的なチシャ猫。
気は進まないどころか後退気味だったけれど、鞄を教室へ置いたままだったので、仕方なく校内へ戻った。喧嘩のあった場所にはもう誰もいなくて、教室がやけに騒がしかった。入って行くと、坂田という奴の周りに人が集まっていた。
「あー、ナカジどこ行ってたの?」
トミーが言った。
「ちょっと、トイレ」
「ヒーローと一緒にカラオケ行こうって」
「ヒーロー?」
「え、見てたでしょ?さっき・・・・」今ちゃんが怪訝な顔をした。「誰だかわかってなかったの?喧嘩止めさせたの、坂田だよ」