岬真咲はものすごく我儘で、いつも怒っていた。横柄な態度で、同級生たちを自分の僕みたいに扱っていた。思う通りにならなかったり、何か気に食わないことがあると、たとえ授業中であろうと構わず、いつまでもぶつぶつと不満を口に出していた。先生に注意されるとその場では止めるのだけれど、いつまで経っても改善されなかった。岬真咲が来てから、みんながいつも天井の雨漏りを気にしているみたいに、教室の空気は重いものに変わってしまった。そしてそんなふうにしか振る舞うことのできない彼を、僕は情けない奴だと思っていた。だからいつも、そういうドライな目線を、わざと彼へ向けていた。
その日、岬真咲はいつものように、授業中に大げさなため息を何度もついたり、片足で床をどんどんと叩いて、不満をアピールしていた。その前の体育の授業のドッジボールで、最後の最後に当てられてしまったのが気に食わなかったのだ。もちろん、クラス中がそれを承知していた。彼にボールを当ててしまった奴は、それを意図した訳ではなかったのだけれど、可哀そうに、その後みんなに白い目で見られていた。そんな理不尽な状況に、あいつのせいで、自分たちはただドッジボールをすることもできないのか、と思ったら、さすがに僕も腹が立った。いつもに加えて、責めや怒りのこもった目で、彼を見ていたのだ。その視線が、本人の目とぶつかった。彼は二秒ほど僕の目線を受け止めた後、何かに驚いたように体をビクッと動かした。すると次の瞬間、俄かには信じられないことが起こった。突然僕の目の前に、今の今まで何もなかった場所に、自分と同い歳くらいの子供が、背を向けて立っていたのだ。そして驚いた顔をした岬真咲の目は、真っ直ぐその子へ向けられていた。
「そうやってイライラして、何か面白いの?」
その子がそう言うと同時に、クラス中の視線がそこへ集まった。教師も生徒たちも、皆不意打ちを食らってポカンとしていた。
「みんなに迷惑をかけてるのがわからない?それじゃバスケも野球もできないよ。君さ、ここは学校なんだよ?少しは成長したら?ずっとそうやって失敗していくの?」
それは、とても子供のものとは思えない、落ちついた声と淡々とした口調だった。静寂が、教室を打った。しばらく、誰も何も言わなかった。僕は自分の前に立っているその子の横顔を、恐る恐る覗いてみた。驚いたことに、それは岬真咲と同じ顔をしていた。そして彼は、彼の顔を覗きこんでいる僕を見返して、微笑んだ。と思ったら、瞬きの間に消えてしまった。
「中島、意見をしたいときは、ちゃんと手を上げなさい」
教師が僕にそう言った。
「え?」
僕は訳がわからず、ただ教師の顔を見返した。けれどその訴えは通じず、その顔が今度は、岬真咲へ向けられた。
「岬も、ちゃんと静かに授業を受けること。わかったね?では、授業を続けます」