小説

『エレベーター』木江恭(『銀河鉄道の夜』)

「おれさあ、部屋で寝てたんだけど、すっごい音が聞こえて飛び起きたんだよね。あれってこの音だったのかなあ――って、あれ」
 テツははっとして音川を見た。会社名がでかでかと印刷されている、音川の帽子を。
「あれ、オッチの会社の」
 ビリ、と何かが破れる音がした。
 音川が抱え込んだダンボール箱のガムテープが破れ、蓋がパタリと持ち上がる。
――大きな荷物だ。成人男性である音川が、両手を一杯に広げてやっと手が回るほどの。
 まさに、人一人分くらいの体積と、重さ。
 蓋の隙間から、青と白のストライプのシャツが覗いた。画面が粉々に砕けたスマートフォンが、胸ポケットからはみ出している。
 その周辺にべったりと広がった赤茶色の染み。むっと立ち上る生臭い匂い。切り傷だらけの首。青白い顔。
 細い隙間からじっと音川を見上げているのは、音川自身だった。
 不思議と恐怖は感じなかった。ああやっぱり、とすら思った。
 音川は荷物を押し付けていた腹を覗き込んだ。
――そうか、汗じゃなかったのか。
 腹がひどく痛む。何故今まで気づかないでいられたのだろう。
「オッチ?顔色悪いよ」
「ああ」
 頭を打って、それっきりだったという元養鶏場主。
 靴を脱いで何処かから飛んだという、青年と姉弟。
 誰も彼も、上に向かっていた――このエレベーターで。
 このまま乗っていたら、音川は、テツは、何処にいくのだろう?
 音川は、倒れこむようにして階数パネルに肩をぶつけた。
「ちょ、オッチ?」
 ポォン。エレベーターが減速する。音川はテツの胸にダンボール箱を押し付けた。
「テツ、悪いけどこれ持って降りてくれ」
「お、重!て、え?」
「暫く待つかもしれないけど、絶対に下行きに乗れよ。いいか、絶対にだぞ。そうしないと死ぬと思え」

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