テツは力なく笑った。バイトというからには定職には就いていないのだろう。目は赤く充血していて、よれたTシャツの肩には白い粉のような汚れがついている。音川は顔をしかめた。
「お前さ、引きこもってもいいから風呂は入れよ、フケついてっぞ。ほんと変わんねえな」
高校時代のテツは、イジメというほどではなかったがクラスで遠巻きにされていて、学校も休みがちだった。趣味が合った音川は時々自宅に遊びに行っていたのだが、そのときもテツは二三日風呂に入らず、フケまみれでケロリとしていた。
案の定、テツは平然と肩を竦めた。
「でもほら、別に外出ないし」
「出ろ。てか今すでに出てんじゃねえか」
「これは緊急事態。さすがに一週間も篭城してると、備蓄が底をついて餓死寸前で。やむを得ずコンビニエンスストアに一時投降することと相成ったり」
「相変わらずの戦国オタクか」
「まあね。オッチは」
「俺はまあ、別に」
音川は、部屋の隅に積み上がった漫画とゲームと本の山を思い出す。あんなに夢中になっていたのに、最後に触ったのは何時だっただろう。埃どころか黴でも生えているかもしれない。
音川は、突然猛烈に高校時代が懐かしくなった。テツの部屋で朝までゲームを続けて、授業をサボったことも一度や二度ではない。テツはいわゆるオタクで変わり者だったが、それだけに一緒にいて飽きる暇がなかった。
テツも同じようなことを考えていたのか、急に照れくさそうにばりばりと頭を掻いた。
「おいやめろって、フケ飛ぶだろ」
「そんなに汚くないし。や、なんか、今更だけどさあ。オッチ、ありがと」
「は?」
「おれ、クラスで浮いてたじゃん。苛められてたとかは思ってないけど、やっぱなんかガッコ行きづらくてさ。でもオッチがちょいちょい遊びに来てくれたから、完全に浮かずに済んだっていうか、気が楽だったっていうかさあ」
「……おう」
当時の音川が、そういう使命感を全く感じていなかったといえば嘘になる。あの頃はまだ若くて、正義感とか義理とか友情とかに熱い思いを持っていたのだ。もちろんそれを抜きにしても、テツと遊ぶのが楽しかったのは間違いないのだが。