小説

『エレベーター』木江恭(『銀河鉄道の夜』)

 低い声で呟いたとき、ポォン、と柔らかい音と共にエレベーターが減速した。
 音川は慌てて荷物を抱え上げた。配達員が荷物を粗末に扱っている現場を見られるのは拙い。焦って持ち上げたせいか、人一人分はありそうな重さと体積でズキリと腰が痛んだ。これも職業病だ。
 音川が荷物を担ぎ上げるとほぼ同時に、エレベーターが停止する。
 滑らかに開いた扉の向こう、上品なクリーム色のエレベーターホールには、猟師がいた。
 ――猟師?
 音川は強く目をつぶり、勢いよく開いた。目を擦ろうにも頬を抓ろうにも、あいにく両手は塞がっていたからだ。
 果たして、やっぱりそこには猟師がいた。
五十過ぎくらいに見える、厳つい親爺だ。大きな赤茶色の染みが目立つ帽子、薄汚れたカーキ色のシャツに蛍光オレンジのベスト、黒いズボンに泥だらけの長靴。
 それだけならばただのホームレスにしか見えないが――男は片手に、一羽の白い鳥をぶら下げていた。ゴムのようなオレンジ色の足を束ねて、逆さ吊りに。
 唖然とする音川にはちらりとも視線をくれずに、猟師は当然のようにエレベーターに乗り込み、音川と反対側の壁際に立った。階数パネルに伸ばした指は太く、爪のあいだに黒っぽい汚れがびっしりと入り込んでいる。背中には長い棒のようなものを背負っていて、音川の目が壊れているのでなければ、それはいわゆる猟銃のように見えた。
――本物?
 それが銃のことなのか鳥のことなのか、音川自身にも判然としない。
 静かに扉が閉まり、エレベーターはまた上昇を始める。
 沈黙、微かな機械音。
 数秒後、音川はついに好奇心に負けた。
「……あの、すみません、それって」
 猟師はやっと音川を見て、片手の白い鳥を掲げた。鶏だろうか。重力に従って広がった翼、ぐにゃりと曲がった足、どろりと濁った小さな目。
「花子、いいます」
「はあ」
「気の強い奴やけど儂には懐いとってな。可愛い娘みたいなもんで」
「……はあ」
 音川は口ごもった。どう見たって、花子はもうご臨終だ。

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