「あ、あー、お、お前の好きな食べ物は何だ。す、すじゅね」
それまで一生懸命料理を口に運んでいた鈴音は、突然むせ込み、慌てて水で料理を喉に流し込んだ。ごほごほ咳き込んだ鈴音はそれが落ち着くと、
「すずね、です。オーガーさん」
と訂正を入れた。慌てて逃げ出すアグリに手元のグラスを投げつけるオーガー。それは見事アグリの頭に当たり、彼はふらりと床に倒れた。
「ア、アグリさん!」
「放っておけ」
どこから見ていたのか、他の使用人たちが倒れたアグリを外に運び出していく。鈴音が困惑しながらも再び席に着いたのを見て、オーガーは席を立った。
「この屋敷では何をやってもいい。だがこの屋敷を出ることだけは許さん」
鈴音はオーガーの瞳に、馬車の中で見たあの凶悪な輝きを再び垣間見た。
「もし破れば殺す。分かったな」
そう言い放ち、オーガーは広間を出た。
自室に戻り、広々としたシーツの海の中で、オーガーはぼんやりと鈴音のことを考えた。
今、一人あそこに取り残されたあいつは何を思っているだろう。恐怖に怯え、泣いているだろうか。明日にはもう居なくなっているかもしれないが、それならそれで構わない。殺すなどと言ったが、今の俺には、人間の喉元を掻き切る鉤爪も、牙もない。
殺す術など、何も持ってはいないのだから。
次の日の朝、廊下から聞こえたすさまじい音によってオーガーは飛び起きた。
慌てて部屋の外に出ると、壁に飾ってあったはずの絵画の下敷きになって、何かがバタバタと暴れている。
オーガーがそれを退けてやると、下敷きになっていったのはやはり鈴音であった。
「オーガーさん! おはようございます!」
「何をしてるんだ」