小説

『はるかなるブレーメン』志水孝敏(『ブレーメンの音楽隊』)

ツギクルバナー

 ブレーメンを目指して旅立った動物たちは、泥棒から小屋を奪い、そこで暮らし始めた。
 もちろん、仮の宿りのつもりである。すこしゆっくりしたら、すぐにでもブレーメン目指して出立する予定であった。
 ところが、しばらく雨が降り続き、待っていたら今度は木枯らしが吹き始め、そしてすっかり冬になってしまった。
「やっぱりね、体が痛むよ。寒いとね」
 暖炉の前でぬくぬくと横になり、ロバが言った。
「そうねえ、あんまりこの時期の旅はよくないわよねえ」
 猫もロバの上で伸びをした。
 犬も同様だ。
「若い犬なら雪ん中を駆け回るけど、もうこの歳だとねえ」
 たしかに、動物たちはみな年老いている。旅は辛いし、寒いとあっては、気が進まないのも無理はない。
だが、ニワトリだけは納得が行かなかった。
 他の動物たちは歳をとりすぎ、役に立たなくなったから捨てられたのである。しかし、ニワトリは、たまたまお祭りの日に食べられそうになったからその家から逃げてきたにすぎない。自分はまだまだやれると思っていた。
 もう一つは、能力の問題だ。ブレーメンに行って音楽隊になるという目標があるとはいえ、他の連中は音楽などやったことはない。未経験のくせに、そうそうプロで成功できるはずがない。その点、自分にはこの美声がある。
「なあ、君たち!」
 ニワトリはある朝、その鳴き声で皆を叩き起こして言った。
「そろそろ、いつ出発するかを考えようじゃないか」
「出発?」
 猫がノロノロと言った。
「まあ、春になってからじゃないかな」
「そりゃあ、ずいぶん遅いな」
 ニワトリは首を振った。
「あと三カ月以上もあるだろう。それよりも、すこし寒さが緩んだら、もう発ったほうがよくはないかい」
「でもなあ」
 皆は乗り気ではない。

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