我ながらついてない、心の中でそう溢した時、突然馬車が激しく揺れ出した。鈴音は手足を縛られた状態のまま木箱の山に投げ出される。
「何事だ!」
見張りの男が声を荒げ、馬車が止まった拍子にふらつきながら外に飛び出していった。
鈴音も呻きながら身体を起こす。身体中が痛かったが、鈴音は顔を輝かせた。なぜなら、さっきの揺れで手放したのであろう、男のナイフすぐ傍に落ちていたからだ。鈴音はナイフを後ろ手に掴み、自分の腕の縄を切り始めた。馬車の外からは、鈴音をさらった男たちの声が聞こえてくる。
どうやらこの馬車は何者かの襲撃を受けたようだ。
「何だ、お前は! 俺たちに何の用だ!」
「魔女だと? そんなものは知らない!」
手の縄をやっと切ることができた鈴音は、自由になった両手で猿ぐつわを取る。
「早く足もほどかないと……」
この馬車を襲った者が、自分にとって都合のいい人間とは限らない。それどころか馬車を襲う時点で悪人の可能性の方が大きいのだ。そう分かっていた鈴音は、足を縛る縄を懸命にナイフで切った。外で男たちの悲鳴が聞こえる。縄が切れた。
鈴音が急いで荷台の皮布に手を伸ばした時、しかしそれは勢いよくめくり上げられた。
馬車の外は土砂降りの大雨。
その中で、目深にフードを被った男がこちらを見つめている。赤黒い、血のような、野獣を思わせる獰猛な瞳とぶつかり、鈴音は息をのんだ。
その時間は、一瞬だっただろう。
男の横から、小柄な男が荷台を覗いた。
「オーガー様、どうやらこの馬車に魔女はいないようですね」
オーガーと呼ばれた男は鈴音から目をそらし、身を翻した。
「無駄足だ。戻るぞ、アグリ」
「ま……待って!」
鈴音は咄嗟に声を上げた。オーガーが足を止めたのを見て、拳を固く握る。
「……行く場所が、ないんです」