ゆっくり立ち上がったオーガー。もう身体に先程の疼きは無い。
その時、城からバタバタと駆け出てくるいくつもの足音がした。振り返ったオーガーの目には、この城にいるはずもない人間たちの姿が映る。オーガーは怒鳴り声を上げた。
「貴様ら！ どうやってこの城に入った！ 見ていろ、このオーガーが今すぐ八つ裂きにして食ってやる！」
オーガーが襲いかかろうろうとすると、彼らは悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出した。その中でも特に逃げ足の遅い、片足を引きずりながら逃げ回っているものにオーガーは飛びかかった。
その男はオーガーの下でばたばたと手足を動かし、泣きそうな声で叫ぶ。
「オーガー様！ オーガー様どうかおやめください！」
「お前、なぜ俺の名前を知っている！」
「私でございます！ アグリでございます！」
オーガーは動きを止めて、その男をまじまじと見つめた。情けなそうな顔立ちと、丸い鼻、身に纏っている薄汚い布。
オーガーははっとして辺りを見回した。
草陰や、城の窓の中から怖々とこちらを覗き見ている者たちも、よく見れば、全員面影のある顔立ちをしている。オーガーの頭にとある仮説が浮かんだ。
「まさか……お前たち、全員人間になってしまったと言うのか」
アグリは身体を起こし、震えながら、首を横に振った。
「私たちだけではありません、ああ、ああ……オーガー様……あなたのお姿もでございます」
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ガタガタン、ガタン、時折ひどく揺れる馬車の荷台で、鈴音は浅い眠りから目覚めた。
「こんな状況で眠れるなんて、良い度胸のガキだ」
ナイフを磨きながら男が馬鹿にしたように言った。鈴音は男に向かって毒づいてやりたかったが、猿ぐつわを噛まされていたためそれも敵わず、睨みつける他なかった。何より、長いことに船に揺られ、港についたと思えば今度はこの馬車に押し込まれてもう二日だ。ろくに眠れず、鈴音はすっかり体力を消耗してしまっていた。ぎゅるぎゅるとお腹の虫が鳴くが、男は聞こえないふりをする。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。鈴音はじわりと目に涙を浮かべた。生まれ故郷の島国を離れ、かねてから夢見ていた冒険の旅に出発した矢先に、人さらいの一味と遭遇してしまったのだ。