小説

『愛をさがす獣』芥辺うた(『美女と野獣』)

 コン、コンコン。
 その時、城の入口から何やら物音がした。オーガーが向かってみると、それはどうやら城の扉を叩く音のようだった。
「こんな夜に客人とは」
 おそらく森に迷った旅人だろう。いい暇つぶし相手になるかも知れん。オーガーは大扉を開けた。
 しかし、そこに立っていたのはやせ細った老婆であった。
 オーガーは老婆が自分の姿を見て腰を抜かすだろうと思っていたが、老婆はあまり目が見えないようだった。しわがれ声でオーガーに縋り寄ってくる。
「ああ、ああ、なんという幸運、神が私にもたらした最後の希望……! どうかこの哀れな老婆を、ひととき城に招き入れてくだされ」
 オーガーはひどくがっかりした。
 こんな、放っておけば今にもこと切れそうな老婆が、どんな暇つぶしに使えよう。オーガーは老婆を扉の外に突き飛ばした。
「この城は俺の城だ。頭から食い潰されたくなければ今すぐにここから立ち去れ。……どうせ森の中で彷徨い、のたれ死ぬ運命に変わりはないだろうが!」
 そう言って大声で笑うオーガーの耳に、老婆のブツブツとした呟きが聞こえてきた。耳をそばだててみると、それは呪文のようであった。
 オーガーが顔を上に向けると、城の真上には分厚い黒雲がたれこみ、星の輝く夜空を覆っていた。
 次にオーガーを襲ったのは全身を襲うむずがゆさだ。黒く長い毛はみるみるうちに縮み、肌の色は変わり、四肢は細く、自慢の牙や爪は全て抜け落ちて地面に転がってしまった。
 呻きながら床にうずくまったオーガーの耳に、先程の老婆の声が流れ込んでくる。
「私はお前を殺すよう、村人たちに頼まれてやってきた魔女さ。醜い野獣よ、お前に、ほんの僅かにでも人に与える優しさがあったならば、私はこんな呪いをかけることはなかった」
「ふざけた真似を……! どこだ、姿を現せ!」 
 オーガーは地面を這いずり、喘ぎながら辺りを見回したが、どこにも老婆の姿はない。
「呪いを解きたくば人間を愛すのだ。そして、お前も人間に愛されよ。さすればこの呪いは解け、お前は元の姿に戻るだろう」
 それきり、老婆の声は聞こえなくなった。
「……馬鹿げたことを」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13