オーガーは、そうか、と言って溜息を吐いた。
「ここ最近、退屈すぎて、何をしようかと悩んでいるうちに一日が終わる。こんな間抜けな過ごし方はもうごめんだ」
「左様でございましょう。オーガー様には平穏など似合わない」
「そうだろう。たとえば、そうだな、この」
オーガーは足元に落ちていた古い本の表紙を、踵でとんとんと叩いた。
「海賊キャプテン・ニコラスの軍隊が突然この森に攻め入って来たりはしないだろうか」
「お言葉ですが、オーガー様」
アグリが口を挟む。
「海賊は陸地では生きられない生き物と聞いております。きっと、この森に足を踏み入れてしまえば、この城に辿り着く前に全員息絶えてしまいましょう」
「なに、それじゃあ俺は一つも面白くない」
「では逆にオーガー様が海へと足をお運びになるのはいかがですか? きっとその道中にも退屈しのぎが山ほど」
そう提案したアグリに向かって、オーガーは手元にあったろうそくの燭台を投げつけた。
アグリは、悲鳴を上げて床にうずくまる。
「今、何と言った。アグリよ」
アグリはぶるぶる震えながら謝罪の言葉を重ねる。
「この俺に、わざわざ出向けだと? たかだか暇つぶしのためにか」
「申し訳ございません、オーガー様! どうかお許しを」
立ち上がったオーガーは全身の毛を逆立てて、血走った六つの眼をアグリに向けた。
「いいか、アグリ。二度とこの俺になめた口をきくことは許さん。――もし破れば、お前のその汚らしい身体をいくつにも切り刻んで、雑巾として使ってやるぞ」
アグリは小さな体を更に小さく丸めて何度も頷いた。
「は、はい、はい! も、もちろん、もちろんでございますオーガー様! 二度と、この口が裂けようとも二度と申しません!」
オーガーはそれを聞くと鼻を鳴らし、マントを翻して広間を後にした。
城の長い廊下は、ポツポツとある蝋燭の光に照らされている。オーガーが怒りを露わに廊下を闊歩すると、傍の蝋燭の火は激しく揺れて消えいった。屋敷に住む他の小さなものたちは、オーガーに怒りの矛先を向けられぬよう、怯えてそっと息を殺すのだった。