小説

『地蔵・ゴーズ・オン』西橋京佑(『笠地蔵』)

 地蔵は、混乱していた。爺さんの言葉には、何一つやめてしまう理由なんて含まれていないのだから。なにが爺さんを突き動かしているのか。ましてや、何が彼をこんなにもモダンな雰囲気に変えてしまったのか、一つもヒントが隠されているわけがなかった。
 「つまり、それだけじゃ。それだけ、なんじゃ。それ以上も、それ以下もない。ここでは毎日が冬じゃ。毎日冬で、毎日わしは笠をつくって、お金を得るわけではなくお主らからの感謝の印を受け取る」
 爺さんは、ようやく開いた茶の葉を認めると、用意した8つの湯のみにお茶を注いだ。
 「それが幸せで、それで良かった。しかし、ふと気がついたんじゃ。わしは、何のために、誰のために、どうして毎日わかりきったことを確実に遂行する必要があるんじゃろうか」
 湯のみを一つずつ地蔵たちの前に置きながら、爺さんはなおも自問自答を繰り返した。
 「そこに、それほどの意味がないんだったら、わしは何なんだ?わしが傘を作ってお主らにかぶせて、それでなんなんだ?わしだって、選ばれた者ではないのか?わしは、世の中に認められる、言ってみればココ掘れのじいさんや、花咲かのじいさんのように、ここにわしがいるという存在が認められるやつでありたいんじゃ」
 言葉を噛みしめるように、“カン、カン”と湯のみを地蔵たちの前に置いていく。そういえば爺さんは一体何歳なんだろう、と地蔵は初めて爺さんの顔をまじまじと見つめた。
 「だから、わしはココ掘れのじいさんと一時期犬を交換しての。それなりに豊かにさせてもらったんじゃ。物理的に、という意味じゃが。それからこの家を建て、ばあさんを街に帰して、ここにきて初めて自分のために生きてみている」
 この家にきて、初めて爺さんが地蔵たちに笑顔を見せた。こんなに素晴らしいことはない、と少し黄ばんだ歯を見せて笑っていたが、その笑顔は誰でもない爺さん自身に向けられたものだった。
 「でも…でも、俺たちはどうなるんだよ」
 「そうですよ!爺さんがいなかったら、僕たちはただの地蔵でしかない。傘をかぶった、意味のある地蔵じゃなくなるんだ。そんなの勝手じゃないですか」
 頭取は、もう爺さんを見ていなかった。代わりに、ポチが走り回る、庭の向こう側に目をやっていた。
 「お主らが、お主らにとって、傘をかぶっていることにどれほどの意味があるんじゃ?何のためにかぶって、誰のためにかぶって、誰のためにこの老人にご馳走を運んでくるんじゃ?ポチは誰のために、石の友の来訪を気がつかれないように懸命に口を結んで喜びを抑えるんじゃ?なんの変哲もない月曜日から金曜日に、本当に意味はあるのか?」
 教えてくれ、と爺さんは肩をうなだれた。地蔵は、もはや何も言えなかった。

1 2 3 4 5 6 7 8