小説

『裸の王様』anurito(『裸の王様』他)

 このように言われてしまうと、多分、服が見えてなかったであろう秘書官も何も言い返せなくなってしまったのだった。まさに、アール氏の思惑どおりである。そして、あの宇宙人たちが、今でも、この部屋の様子を盗み見していたかもしれないので、絶対に誰にも「服が見えない」などとは言わせる訳にはいかなかったのだ。
「す、素晴しい衣装ですね。こんなサプライズを国民の為に用意なされていたとは、さすがはアール氏です。秘書である私にまで、この事を土壇場まで内緒にしておられたとは、ほんとにお人が悪いです」
 秘書官は、やや顔を引きつらせながら、ようやく、そう答えたのだった。
 秘書官のこの反応には、アール氏もたいそう満足だった。
「そうだ、秘書官。この服の事を、挨拶の前に皆に通達しておきなさい。ただの服だと思われてしまったら意味が無いからね。国民にもテレビの緊急放送を使って、あらかじめ伝えておくんだ。国中、いや世界中の人にアピールしておかなくちゃ!我が国の科学力を誇示できる絶好のチャンスなんだからね。そうだ、私自らが放送を指揮して、メッセージを読んでもいい。そうしよう、早く放送局に連絡をして、準備を進めるんだ」
 アール氏は、まだ困惑気味だった大統領と秘書官をそっちのけにして、すっかり精力的になっていたのだった。何しろ、これはアール氏にとっては、一世一代の大勝負なのだ。地球の未来の為にも、宇宙人をだまし切らなくてはならず、絶対に失敗は許されないのである。
 こうして、大統領の挨拶の時間は刻一刻と近づきつつあったが、一方で、その対策もアール氏の思った通りに進んでいったのだった。
 今日の公開挨拶で大統領が知恵者にしか見えない服を身につけているという重要事項は、まずは大統領の近辺の人たち全員へと通達され、さらには、緊急ニュース扱いで、テレビやインターネットなどで全国、全世界へと前もって説明される事になった。アール氏としては、それだけで、対策としてはもう十分だったのだ。

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