全てはアール氏の計算どおりに進んでいる。この調子ならば、大統領を見ても「服が見えない」と口を滑らせてしまう人は誰も現れないだろうと思われた。それは、はるか天空の宇宙船からこの公開挨拶を観察していたのかもしれない銀河連邦の宇宙人たちにとっても好ましい結果として写るはずだった。
そう、大統領がステージに現れた最初の瞬間は、予期されていた通り、いったんは聴衆たちはいっせいに静まり返ったのだ。分かっていた事とは言え、ステージの奥でそれを眺めていたアール氏にも緊張が走り、息をのんだ。
しかし、間を置かず、聴衆たちはどっと大きな拍手をしてくれたのだった。彼らに大統領の服が見えていたのか見えていなかったのかは、知ったこっちゃない。ただ、この温かい盛大な拍手が、服が見えていると言う前提のものである事はほぼ間違いなく、アール氏もホッと気を緩めたのだった。
そのはずだった。なのに、いきなり困った事態が起きたのであった。
「大統領は裸だよ。服なんか、全然見えないよ」
聴衆の最前列にいた小さな少年が、ためらいも無く、あっさりと大声でそう口にしてしまったのである。
聴衆たちが、たちまちどよめきだした。
アール氏は、慌ててステージに駆け出て行くと、問題の少年を探し出し、その子に対して怒鳴りつけた。
「君!何て事を言うんだ!この服が見えないだなんて、恥ずかしくないのかね!」
きょとんとしながら、小さな少年は答えた。
「でも、本当に何も見えないよ」
幼い子どもは、虚栄心も集団心理もなく、実に素直なのである。
「文明国である我が国の子どもとして、恥を知りなさい!ウソなどつかないで、本当は見えているんだろう?」
アール氏がなおも少年の事を言いくるめようとした時、アール氏の肩に大統領が手を置いた。
「君、もういいんだよ」