小説

『面白い勝負』℃(『平家物語』)

 随分と厚みのある革手袋で左手用。手の部分しか守れないので、本来なら戦に用いる物ではない。
 さらに白い球体も渡している。こちらは男の手のひらに収まる大きさだ。
 それら二つが何を意味しているのか、浜の一同は即座に理解する。
 なるほど。さすがに弓矢で狙うには距離が近くて面白くないということか。この戦いを見守る者たち全員が、のちのち「俺は見たぜ」「私も見たよ」と自慢気に語りたくなるような勝負を、相手は所望しているらしい。
 この勝負、あの扇を仕留めるのは至難の業だ。
 大きな手柄を立てる機会ではあるものの、浜辺にいた男たちの多くが警戒を解き、見物役に回った。
 あの扇に見事当てれば、のちの世に語られるような英雄になるだろう。
 しかし、狙いを外せば、敵だけでなく仲間からも罵られることになるのは必然。分の悪い勝負だ。どれだけ腕に自信があろうと、よほどの精神力を持たぬ限りは、そうそう挑めるものではない。
 だからこそ、考え方によっては、なかなか面白い趣向とも言える。
 味方には当てて欲しいが、もし外せば、その者は閑職に流される。最悪、切腹だ。自分たちが栄職に就く上で、競争相手が一人減るのは悪くない。
 ここは一つと、蹴落としたい相手の名前を推挙した。
 すると、いやいや、そちらこそいかがかな、と相手も応酬してくる。
 そういったやり取りが、浜辺のあちこちで一時的に流行した。
 この状況に、「こちらの団結を挫こうとする敵の策か」と疑った者もいたが、すぐに己の考えを改めた。
 今名前が挙がるのは、それだけ他者から評価されていることでもある。浜辺のそこかしこで見られる薄ら笑いは、本心を隠すための接待用の仮面ではなく、本心から溢れ出る満足の表情が多いようだ。追撃に出られず手をこまねいていた時と比べて、味方の士気は随分と高まっているように感じる。

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