小説

『面白い勝負』℃(『平家物語』)

 それに呼応するかのように、白い旗の者たちも次第に言葉少なくなっていった。相手の意図がわからない。
 次の変化を皆が欲していると、小舟の男がゆっくりと動いた。
 畳まれた扇を手に取ると、親指の腹で滑らせながら、誇示するように広げていく。
 扇の内には、金箔が厚く貼られていた。たとえ都の貴族とて、そうそう所有できる代物ではない。
 そして、扇の中央だけは金色ではなく、赤い円に染め抜かれていた。
 本来の夕日とは別の夕日が、衆人環視の海上、二つの軍勢の前に現れる。
 完全に開ききった扇を、小舟の男は自らの兜、その頭頂部に当てた。前もって兜に細工を施していたらしく、手を離しても扇が落ちることはない。しっかりと固定されている。
 これは挑戦状だ。
 浜辺の男たちは口々に騒ぎ出した。
 相手は、あの扇を狙えと言っている。
 余興のつもりに見せかけているが、いや、本当に余興のつもりかもしれないが、この挑戦に対する結果は、敵味方の士気に大きく関わってくる。
 かといって、ここで挑戦を無視するわけにもいかない。そんなことをすれば、「白い旗の連中は、サムライの風上にも置けない臆病者の集まりよ。HAHAHAHAHA!」と伝聞する材料を与えてしまう。
 天下に名を轟かせるために始めた戦い。相手が正々堂々と向かってくるなら、こちらも正々堂々と相対すべき。
 したがって、赤い旗の陣営がわずか小舟一つで挑んできている以上、我先にと大勢で矢を放つわけにはいかない。一発必中を旨とし、誰が挑戦するかを決める必要があった。
 その時である。
 それまで小舟のすみに座っていた女が、ゆるりと動いた。仁王立ちする男に近寄ると、無言で何かを渡している。

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