小説

『若返りの水』井上岳人(日本昔話『若返りの水』)

 若者は一生懸命働き、柴を刈り、炭を焼き、米や野菜を作り、お金や現物をその家に貢ぎました。そして子どもの育ち具合を見、また、子育ての仕方を学んだりしました。
 二、三歳くらいになって、若者は子どもを家に連れ帰りました。村のお年寄りにも聞いたりしながら、懸命に子育てをして、お婆さんの赤んぼうは、美しい娘に成長していきました。町への炭売りにもついてくるようになり、その美しさが評判になりました。
 町へ炭を売りに行くたび、いつもあいさつにうかがう庄屋さんは、乳母の口添えのよしみもあって、自分ちの息子の嫁にぜひと、お婆さんの娘を所望しました。娘もその息子にはまんざらでもなさそうです。
 若者は悩みました。年ごろの娘になったら、むろん以前のように、また必要ならば、あの若返りの水を飲んで、ちょうど似合いの年となり、また夫婦として暮らすつもりでしたから。
 若者は娘の思いを聞いてみました。
 「わたし、庄屋さんの息子さんのお嫁さんになりたい。」
 お婆さんの娘は、ぽおっと頬を赤らめながらも、しっかりした口調で答えました。
 若者はうれしさ二分、がっかり八分で、その夜は眠れませんでした。しかし、若返りの水を飲んだお婆さんのことは、封印することに心を決めました。
 桜の花が咲き始めた春の三月に、お婆さんの娘は、町の庄屋の息子のもとへと嫁いでいきました。
 若者はその後、歳をとっていきましたが、二度と若返りの水は口にせず、誰とも結婚しませんでした。  
 そしてある日、お爺さんは炭焼き小屋で冷たくなっていました。

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