小説

『座布団』村崎香(田山花袋『蒲団』)

 隣の席に新入社員がやってきた。年は二十代半ば、ゆとり世代と言われて久しい年頃には似合わず、黒い髪を一つに束ねて薄化粧で顔を彩り、元の素材の良さがよく見える女性だった。小柄で人形のようにも感じられるが、人形は人形でも日本人形を彷彿とさせる風貌である。
 ありきたりなリクルートスーツを清楚に着こなし、柔らかな香りを纏わせて、彼女は俺のすぐ隣に納まったのだ。
「三城花乃(みき・はなの)と申します。よろしくお願い致します」
 丁寧な言葉遣いで自己紹介を終えると、彼女は早速荷解きにかかった。上司からの紹介によると、彼女は大学を卒業して二年間、別な会社の事務を担当していたらしい。業務縮小のために退職を募らされ、丁度手が足りなかったこの会社に知り合いの伝を頼って入社してきたということだ。
 手早くノートパソコンを机の中央に据えて、机の角から出ているコンセントにプラグを差し込む。パソコンの向こう側にはブックエンドを置き、早速この会社に関する資料を入れたファイルを立てた。ブックエンドの隣にはプラスチック製の小さな引き出し付きの棚を置き、そこには文房具を分類しながら納めていく。
 仕事に必要な最低限のものを全て揃えている辺りには、好感が持てた。彼女が準備をする机周りには一つの無駄がなく、だからと言って欠けたものもなく、それは仕事をするための机になっていた。
 唯一、仕事に直接関係なさそうに見えたのは、椅子に据えられた座布団一つだった。全体的に白とクリーム色とベージュでまとめられた机周りの中で、唯一淡いピンク色の座布団である。決して鮮やかではないのに、無骨な灰色の椅子に乗せられると随分と華やかに見えた。
「どうしましたか?」
「可愛らしい座布団だと思って」
「近所のスーパーで安売りしていたものですが」
 微笑を浮べながらスーパーで安売り商品を買うというところに、彼女の堅実な一面が見えた。そう、彼女は堅実というか、真面目なのだ。電話の受け答えは誠実で、メモを取る手は細かく動く。そのメモを上司に提出するときには書き直して、読みやすくしてから席を立つ。机の上は常に整頓されており、食事は手作りの弁当を持ってきてそこで食べる。休憩室を利用しなくとも、机の上が適度に空いているからこそ、である。また彼女がまとめる資料は常に見やすく、表計算ソフトを使いこなしていることは一目で見て取れた。

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