小説

『それぞれの密』柿沼雅美(谷崎潤一郎『秘密』)

 そこまで書いて下書きに保存した。じんわりと満足感が体の中に広がって、ふぅ、と一息ついてみると、冬らしい澄んだ空気から陽が伸びていた。唯一残念なのは、差し込んだ陽の中に埃が舞って見えることくらいだった。犬か猫がいたらブログももっと華やかになるだろうけれど、と思いながら、残ったコーヒーを飲みほした。
 ブログを初めてから不安が少しマシになったのが分かる。それでも、テレビで華やかな芸能人のニュースを見るたびに、私はこのままなんだろうか、と思うことは止まらなかった。そのたびに、大人になっていくだろう英美が幸せな話題を運んできてくれるにちがいないと思う。今風の恰好の彼氏を連れてきたり、大学に合格したり、結婚して赤ちゃんが生まれたり、そんな未来が待っているにちがいない。そうしたら、心地よい風が通るに違いない、と思う。そうなのだ、このブログのように整っていて上品で居心地いいものが密に詰まっている生活を信じて、私は博隆と結婚を決めたのだし英美が生まれたのだし年を取ってきたのだ。
その計画を崩すわけにはいかないのだ、そう考えながら、私はEiko’s Bal に載せるための冷蔵庫にない野菜を買いに立ち上がった。

「今日もありがとうございまーす、えみえみでーす」
 英美はセーラー服のスカートを手で横に広げてかわいこぶって見せる。はいはい、かわいいかわいい、とあしらうように俊が手をふった。
 「もー、お客さんなんだから喜んでよね」
 俊の座った安いソファの下のラグに英美がぺたりと座った。
 「他の子だったら喜ぶかもしれないけど、女子高生じゃなくていいから制服が邪魔」
 「よく言うよー、他の子だとビビって出てくくせに。言ってたよ、ひろメロちゃんがおもしろくないって言ってたよ」
 俊は、それはさー、と声を大にした。

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