小説

『そうよ相応』番匠美玖(『人魚姫』)

   
 夜、王子様よりも先に海岸へ出たあたしは、久しぶりに海の水に足をつけていた。こんなにも海水が恋しかったなんて自分でも驚いたけれど、水に触れているとすごく落ち着く。
 やっぱりあたしは人魚なんだなぁ、と思っていると、足もとの水が突然盛り上がった。
「レイネス発見~!」
 海から飛び出てきたのは、姉のリリーだった。
「久しぶり、リリー」
「もう、本当に人間界いっちゃうから皆びっくりしたのよ。どうよ、満喫してる? 憧れの人間界」
 いつものように陽気な姉に、海底の生活を思い出して人魚としての生活が恋しくなった。
「全然よ。なんか想像していたのと違いすぎて、疲れちゃった」
 ため息をつきながらしゃがんで姉と目線を合わせた。
「やっぱりね」
 くすくすと笑うリリーを睨み付ける。
 すると、紫の液体が入った小瓶を渡された。
「はい、これを飲んだら貴女は一生、人間でいられるわ。魔女が貴女に渡した薬は、一週間くらいしか効果がないんですって」
 小瓶を見つめて思った。こんなめんどう事ばかりで、窮屈な人間界にいて幸せなの、あたしは。
困って姉を見ると、可愛らしくウィンクを返された。
「安心なさい、あなたがどんな選択をしても、私がお母様を説得してあげる」
 頼もしい姉に後押しされて、あたしは小瓶を受け取って腕を振りかぶった。

 
「レイネス! どこだい」
 先に出ていたはずのレイネスがどこにもいない。
 今日はプロポーズをするつもりだ。自分でも緊張しているのがわかる。
 でも、早く気持ちを伝えないと、明日にでもレイネスは自分の国に帰ってしまうかもしれない。

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