小説

『そうよ相応』番匠美玖(『人魚姫』)

 気分が落ち着かずに寝付けないでいると、海面の方向から何かが降ってきた。
 拾い上げるとそれは円形の木の外側に細い木がいくつもついている、不思議なものだった。明らかに人間の作ったもの。
 もしかしたら、海面に人間が来ているのかも。
 海藻の間から抜け出して、上へ上へと泳いでいくと、やがて海の水から顔が出た。
 あたりをすばやく見渡すと、遠くの海岸で犬の吠える声が聞こえた。
 そっとそちらへ泳いでいくと、人間と犬が一緒に遊んでいるのが見えた。
 人間の方はなかなかのイケメンで、ついにあたしにもチャンスがきたのかもしれなかった。
 この時のために、海の魔女から買った『人間になれる薬』はいつも持っている。人魚の若者の間では、魔女から色々と便利な薬を買い求めることは一般化している。特に難しいことでもないから、使うことに抵抗感もない。
 小瓶にはいった透明の液体を素早く飲んで、海岸までひれで泳ぐ。
 だんだんと下半身に違和感を感じて、見ると人のような足ができていくところだった。水の感触が全然違う。
 なんとか海岸近くまで足で泳いだあたしは、人間に見える位置でわざと力を抜いた。

 
 部屋から人の気配が消えると、そっと目をあけた。
 あの後、思惑通りにあたしを助けてくれた人間は、なんと地上の国の王子様だった。気を失ったふりをしていたのでされるがままに運ばれて今に至る。
 宮殿の一室であるらしいこの部屋は、殺風景でおもしろくなかった。
 海底にあるあたしの部屋は、天井から綺麗な色の海藻が下がっていた。床にはたくさんの光を放つ小石。
 その小石が生み出す幻想的な空間で、色とりどりの海藻が揺れているのを見るのが好きだったのに。
 ここは木の茶色と壁の白しかない。
「でも」

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