我に返った俺は仕事で汚れた手を何度か払い、そっと赤ん坊を竹の中から抱き上げた。赤ん坊を初めて抱いた俺にとって、その重みはなんとも嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。指で頬を優しくつついてやると赤ん坊は、はにかんだような笑みを見せた。
妻に一刻でも早くこの子を見せたい。
俺は、仕事道具を背負い直し、急いで山を下りた。
*
最近の夫は仕事の帰りが遅い。
早朝から家を出ているというのに、戻るのはとっぷりと日が暮れてからだ。
口数の少ない夫婦生活に嫌気がさしたのかもしれない。いや、私に嫌気がさしたのかもしれなかった。
その日も針仕事をしながら帰りを待っていると、帰りを告げる叫び声が聞こえた。日頃からあまり大きな声を出す人ではないし、感情も表に表す人ではないのに、どうしたのだろうと框を下りたところで夫が戸口を開けて入って来た。
何やら興奮しているようで、一向に話がよく分からない。そんな状況がまどろっこしく思ったのか、夫は私を手招きし、自分の腕の中を見てみろと言ってきた。覗きこんだ私は一瞬息が止まりそうになってしまった。
夫の腕の中に、赤ちゃんが眠っていた。
肌は雪のように真っ白で、餅のようにぷっくりとしている。頬は、ほんのり桜色で閉じた瞼に生えるまつ毛は、人より少し長い。髪はまだ少ないながらも黒くて艶やかだった。その愛らしさにしばらく見入っていると、夫は赤ん坊を私の腕にそっと乗せた。私はその感触に、気づけば口から言葉がこぼれ落ちていた。
温かい……。
この温もりはいったい何なのだろう。そして嬉しさが込み上げて来るこの重み。それらは、どこかとても心地よく、冷え固まっていた私の心に沁み入り、溶かしていってくれるようだった。でも、この子はいったい……。
戸惑いながら顔を上げると、夫は興奮気味に「光り輝く竹を切ったら、中から赤ん坊が現れた」と説明してくれた。そんなことが実際この世に起こるのだろうか。だが、小梅さんの所は桃から男の子が生まれている。方法は違っても、これは神様が私たちの願いを聞き入れてくれたのかもしれない。
だとすれば、この子は私たちの子供なのだ。
私は嬉しくなって赤ん坊を優しく抱きしめた。すると赤ん坊も私に体を預けてくれるように、頭を凭れかけて来た。起きてはいないが、そのまま指を吸っている。そんな何気ないひとつひとつが、私にとってはとてつもない喜びだった。自分でも気づかないうちに綻んだ顔が何だか恥ずかしくなったが、夫を見ると彼も嬉しそうに微笑んでいた。
夫のこんな顔を見るのはいつ振りだろう。
*