小説

『蛇と計画』和織(『アダムとイヴ』)

 そう言った僕を、姉が驚いたように見つめる。
「でも、こういうことを言っちゃったらさ、もう、どうしようもなくなるから・・・姉さんはいつも周りから羨ましがられていたけど、実は僕の方がずっと自由で、可哀そうだなって思ってた。やっぱり、おかしいものは、おかしいんだよね。だってこれは姉さんの人生で、その人生にとって何より大切なことの筈なのに、そこに本人の意思がないなんて・・・」
 僕は自分の言葉に、同情の表情をつけることを忘れなかった。思った通り、唯一の理解者を見つけた彼女の瞳が、一縷の望みを見出したように、まるで、神でも見つけたかのように、だんだんと潤んだ。きっと「知恵の木の実」を手にしたイヴは、こんな表情をしていたに違いない。

 僕は二人の為に、子供でも思いつくような計画を立て、実行に移した。まず、姉の婚約者の山本に、姉が浮気をしているかもしれない、と情報を流す。まだ他の誰にも言っていないけれど、一度二人で話し合ったらどうか?と。けれど山本の性格からして、話し合いなんて面倒なことはしない。話し合いというのは、話を聞く耳を持っている人間同士だけがするべきものだと、彼はちゃんと知っているからだ。だから彼は、探偵を雇って姉を調べさせた。そして、僕が用意したエキストラの浮気相手との写真があっさり撮られ、山本はその写真を姉に突きつけた。姉は弁解せず、婚約は山本の方から解消された。父はといえば、娘の行動に疑問を持つことも心配することもせず、病院が山本を失ったことで姉を責め立てた。母が止めるのもきかずに姉を殴った。殴られた姉の頬は腫れあがった。僕は姉を必死でかばうという演技をした。愚かな姉をかばったことで僕の株は上がった。しかし父が姉を許すことはなく、彼女は勘当され、家を出ることになった。父に愛されてはいなかったという禁断の事実をやっと手に入れ、姉は、これから自分の行く先にどれほど辛いことがあったとしても、もうそこにしか自分の幸せはないのだと知った。
 全てが、あっさりすぎるくらいに上手くいった。実に呆気なかったが、これで邪魔者はいなくなった。病院に残るのは、僕だけ。僕が、二人を追放した。蛇も、こんな気持ちだっただろうか。地を這って生きることになった蛇は、エデンを追われた頃のアダムとイヴにとって、そこはもはや楽園ではなくなっていたということに、気づいていただろうか。
 たった一つ今でも疑問なのは、なぜ姉が相田生に興味を持ったのかということ。ああいう類の人間が、それまで彼女の周りにいなかった訳ではない。けれど彼らは一様に、姉が気にも留めない存在だっただろう。それなのになぜ、生には自分から積極的に関わろうとしたのか、何がきっかけだったのか、ということ。自分にとって特も害もないものに興味を持つ理由は・・・・・・

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