そんな正論が彼女の口から出るなんて驚きだった。せっかく皆が丹精して、彼女に、この家にとって都合のよい事実だけを真実だと信じ込ませてきたのに、「何が違うの?」だって?なんてことか、お姫様はいつの間にか、疑問を持つことを覚えてしまったのだ。人が、疑問を持つことでしか成長しないということも。僕は、今すぐ姉を部屋からほおり出して、ベッドへもぐり込んでしまいたかった。しかし、なんとか堪えた。だてに今まで耐えてきた訳ではないのだ。その経験を糧に、堪えなくてはならない。いつだって僕しかいないのだ、こういう役目ができるのは。だからまず、じっくりと姉の話を聞いてやることにした。こういうときは、理解を示してやって見せてから、崩していくしかないからだ。どうやって相田生と親しくなったのか、どこに惹かれたのか、ということから初めて、彼のことを出来る限り詳しく訊いた。思った通り、親の収入も、育った環境も、予想と同じくらいの差があった。お話にならない。父が彼を姉の結婚相手に選ぶことは、今世紀中には在り得ないことだと確認できた。その上で、説得に入った。どれだけ無謀なことを言っているのか、どれだけの人に迷惑をかけることになるのか、その先の自分の人生を、よく考えろ。相田生と一緒になるということは、この家を捨てるということだ、と。そして、極めつけはこれだ。相田生だって、タダでは済まない、ということ。
「彼がどうなってもいいの?」
僕は言った。姉は俯いた。ああ、やっと効いてきた。これで何とかなるかだろうと思った。所詮お前はその程度だ。ケースの中で大人しくしていればいいものを、外側にいる現実の人間とちょっと関わったからって、余計なことを考えて。そうだ、さっさと結婚して、今度は夫という医者に見張られながら、二重のケースに入ればいい。何も知らずに、そこで暮らしていればいいんだ。あの優秀な医者と。祖父と父のお気に入りの山本と。アレ以外に姉の相手がいる筈がない。そうだ、許される筈がない。だってみんな、僕よりも山本を・・・・・そう、僕が生まれる前から、僕へ、自分たちが自分たちの為に勝手に用意していた、そのポジションを、今になって、僕よりも山本にふさわしいと・・・それすら、姉の夫へ、結局全て姉が、この無知なお姫様が・・・・・・・
「辛いだろうとは思うけどね、好きでもない奴と一生一緒にいるなんて」
気が付いたら、そんな言葉が口をついていた。なんだ?と、自分でも不思議だった。僕は何を言ってる?そう思う中、リボンがするっと解かれたような感覚。それから徐々に、込み上げてくる爽快感。
「全部父さんが自分の為に決めたことで、それを、当たり前のように、みんなして、僕も、姉さんに押し付けようとしてるんだよね。本当はわかってるよ、おかしいんだって。ただずっとそうだったから、そういうものだって思い込もうとしてた」