小説

『蛇と計画』和織(『アダムとイヴ』)

「・・・ごめん。とにかくまず、ちゃんと話をきいてからだね」
 姉は顔をあげた。泣いているかと思ったけれど、涙はなかった。
「好きな人がいるの」
 可能性としてそれ以外にないと考えていた言葉を、彼女は口にした。それがどこの誰なのか僕には見当もつかなかったし、知りたくもなかった。そもそもそれが恋だなんて信じられなかった。どーせ金目当てのろくでもない奴に引っかかったのだと思いながら、それでも、知らなくてはならないのは、僕だけだと自分に言い聞かせた。僕しかいない。なんで、いつも僕ばかり・・・
「それは誰?」
 彼女の顔面にパイでも投げつける気分で、僕は訊いた。
「拓巳の知ってる人。看護師の相田さんよ。相田生さん」
「・・・・・・・本気で言ってるの?」
 信じ難かったし、呆れを通り越して笑いそうになった。彼が、姉のような世間知らずを相手にするだろうか?いや、面倒見がいい人だから、ほおっておけないのかもしれない。もしくは金目当て?それは、ないだろう。そういう人間ではない。姉はもの知らない分純粋ではあるし、二人がそういう関係になることは、あり得ないとは言えない。いろいろ考えてから、どうやって諦めさせようか、説得しようかということに思考を切り替えた。
「彼はどうなの?姉さんを好きなの?」
 姉は頷いた。僕はそれが彼女の勘違いであることを願った。
「もちろん彼に言われたんじゃないの。相田さんは何も知らない。私が自分で決めたの、婚約解消しようって。やっぱりこのままじゃ、いられないから」
 彼女のその神妙な面持ちが、余計に僕を苛立たせた。全く面倒なことをしてくれた。その尻拭いをさせらせると思うと、うんざりだった。
「姉さん、そりゃ気持ちは本当かもしれないけど、正直言って、何も問題のない状態であったとしたって、彼は無理だと思う。彼がこの家に入れると思う?看護士の彼が。いろいろ違い過ぎるよ。誰ひとり賛成なんてしてくれない」
「彼はとても立派な人よ。あなたと何が違うの?山本さんと何が違うの?」

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