「・・・あのね、拓巳だけに話すことだから、誰にも言わないで欲しいの、絶対に」
頼りない声をしていたけれど、目線はしっかりと僕へ向けて、姉は切りだした。
「うん、わかった」
「昔から、拓巳だけだもんね、私の話をちゃんと聞いてくれるの」
「そう?」
「そうだよ。みんな笑顔で聞き流してばっかり。私が何を言おうとしてるのかなんて、考えてくれない」
正直、姉がそんな風に思っていたのは、僕には意外だった。そう考えている最中だったので、次の彼女の言葉が入って来るのには、余計に時間がかかった。
「私ね、婚約を解消したいの」
僕は、ただ首を傾げた。言葉が出てこない。聞き間違いかもしれないと思ったから、とにかく、声を出した。
「・・・・え?」
「山本さんとの婚約、解消したいの」
「それは・・・え、何なの、それ?」
「信じられないんだね、やっぱり」
寂しそうに姉が言う。
「だって、何が、何があったの?山本さんに何かされた?いつの間に、そんな風になってたの?なんで今まで・・・」
僕は突然のことにパニックになった。在り得ないことが起きている。それが本当のことだと受け入れたらその先のことを考えてしまうから、脳が歯止めをかけていたのだろう。道を塞がれた思考が暴れていた。
「山本さんはまだ何も知らない。彼は悪くないの。全部私のせいなの」
「何も知らない?なら、姉さん、僕は聞かなかったことにするから、姉さんも今言ったことは忘れて」
「拓巳───」
「だって!」僕はテーブルを叩いた。「どうするんだよ?父さんが許すと思うの?山本さんに何て言うんだよ?ご両親には?もう結婚式の時期だって・・・」
「わかってる!」
今度は姉が叫んだ。細い体に力を入れて、震えを、抑えようとしている。その姿をしばらく眺めていて、やっと少し冷静になってきた。