小説

『おっぱい谷』エルディ(落語『頭山』)

「観音様のおかげだろ。じゃあみんなのものだ。独り占めしてるとばちがあたるぜ」
「あゝそうだ。そうだ」と長屋の男連中が熊五郎にじりじりつめよる。
「来るな。近づくんじゃない。そんなうすぎたない手で触らせてやるもんか」
「なら、ちょっくら手洗ってくる」
「そういうことじゃねェ」と熊五郎はおっぱいを隠し、長屋連中をかき分け、うちを飛び出す。
「ついてくるんじゃねェ」と熊五郎、全力疾走。それを追っかける男連中。
男連中、追っかけながら「おっぱいもませろーもませろー。観音様からもらったもんだろ。拝ませろ―」と叫ぶもんだから、話に尾ひれがついて町中に伝わってく。
「おっぱいもませてくれるらしいぜ」「なに?」「でっけえおっぱいさわりほうだいらしい」と男連中。
しまいには女連中の間でも「観音様があらわれた」とか「さわると子宝に恵まれるらしい」「乳の出がよくなる」「フジワラノリカみたいなナイスバディになるそうだ」「誰それ? お公家さんかい?」「さあ?」だとか。
他にも「長寿のご利益がある」とか、もう尾ひれどころか別の話にもなって伝わる。
とまあ、町中から老若男女が集まってきて、熊五郎を追っかける。
「くそー、たかがおっぱいにばか野郎たちがくっついてきやがる。早くこんなもん取ってもらわねえと」と熊五郎は神社を目指して走る。
やっとこさ観音様の前までたどりつく。
「観音様、観音様、すまねえ。もうさい銭盗まねえし、おっぱいもみてえなんて言わねえから、これ取ってくれ。すまねえ、すまねえ」
しかし、あっという間に町中の人たちに囲まれる。
「おい、近づくな」
「いいじゃないかァ、熊さん。ちょっとさ」
「あゝちょっとさ」
「あたしは乳がでなくて困ってんだ」
「長生きしてえェ」
と口々に言いながら熊五郎につめより、手を伸ばしてくる。
「観音様すまねえ、すまねえ。なんとかしてくれえェェ」と熊五郎は叫ぶが、観音様、いつもどおりのすまし顔。
そうこうしてるうちに熊五郎は神社の隅に追い込まれる。
「おいこら、どっかいけえェ。うわっ、さわんな。ばか野郎。離せ。くそ。逃げ場がねえ。こりゃたまらん。もうだめだあァァー」
と熊五郎、自分のおっぱいの谷間に身を投げた。

1 2 3 4 5 6 7