『老人の恋は冬の花』っていうからね。おじいちゃんは恋してるんだ」おばあちゃんはどこか嬉しそうだった。おじいちゃんが生きていることが嬉しそうだった。そうして問わず語りに自分のことを話しはじめた。
おばあちゃんはマンシューからジャパンにやってきた。でも生まれはジャパンで、「故郷」というコトバを聞くと、マンシューの青い海のような平原が思いだされる。だからはじめて海をみたときも、おばあちゃんは驚かなかった。ジャパンの人間たちはチャイナの人間たちを見下していた。見下すことで、人間は人間らしく残酷になる。経験したことのない人に言ってもわからないだろうけどね。コトバは無力なものさ。それでもいま、わたしは語ろうとしてる。何でだろうね?チャイナの人間の村があったんだよ。そしてある日ジャパン軍の人間たちがやってきて、全員銃で撃って、剣で突き刺していった。その日から、だれもその話をしなかった。村はずれにできた、こんもり盛り上がった土だけがチューチュー騒いでいた。
ジャパンの人間たちがかわりに住みに来た。わたしの枝はいくつも折れて、鉢植えは割れていたけど、わたしはわたしだった。わたしの根も血を吸ったよ。その年の花は忘れられない赤い色をしていた。
そうしてジャパンの人間たちも数年後にチャイナの人間たちに殺されたり、ジャパン軍に渡された青酸カリを飲んで死んでいった。転がった瓶から漏れた液体を吸った土が泣いていた おばあちゃんがジャパンとチャイナのことを話しているあいだに、おじいちゃんの花は散った。
種子が飛び去ったのとおなじ空に、花は吸いこまれていった。種子であれば、風に運ばれた先で新しい生がはじまるけど、花の場合はどうなのか。花弁が1枚づつはがされて、最後の1枚が空を舞ったときに、ふと気になったのは おじいちゃんの恋の相手は誰だったのか?
「ハノイだね」
あの花びらはハノイまで飛んでいけるのか?今日は西風が吹いているから、随分長い旅になる。ひょっとしたら地球を一周する旅になるかもしれない。ムリだろう。でも、そんなことはどうでもいいことを、わたしたちは知っている。
そうして、通りがかった人間がおじいちゃんを見上げて言った。
「このサルスベリももう伐らないとだね」