小説

『老人の恋は冬の花』ふくだぺろ(『メキシコの諺』)

 地上では家が破壊されていた。植物が、動物が破壊されていた。人間たちはさまざまな植物や石で自分たちの住居をつくっていた。植物や石でできた四角い構造体は、卵が地上に降りると、粉々に砕けた。ただの材としか人間が思ってない、植物や石はじつは家の一部になってもまだ生きていたけど、さらに粉々に砕かれても生きていた。
卵は炎をもってきた。ぱちぱち音が鳴った。街中のあらゆるところで、生き物の体がはじけて、夜が昼になる光景は壮大なお祝いみたいだった。誰が何を祝っているのかだけが、わからなかった。暴風に吹き飛ばされたたくさんの破片が、小さな女の子の身体に突き刺さったけど、女の子には首がなかったから、なんの痛みも感じなかった。夜のように流れる赤い血が、折れたサルスベリや割れた頁岩、溶けた粘土に染みこんで、耳にはとどかない悲鳴を響かせていた。

 そういう「コト」がたくさん集まって、ハノイという街ができていた。池には墜落した鉄の鳥がいまも突き刺さっていて、視線を感じると、胸をふくらませて甘い歌を歌う。誰にもわからないコトバで歌われるその歌は一度はじまると何日もつづく。「家に帰りたい」って歌ってんだろう、思いながらみんな聞いているけど、そんな歌は歌われていない。

 おばあちゃんとおじいちゃんが出会ったのはジャパンっていう、これまたグレートな国だった。ジャパンはやさしいから、アメリカみたいに鉄の鳥をつかって山川草木悉皆殺戮なんてことはそこまでしなかった。人間たちの手で人間たちを1人1人、花を摘むようにていねいに、殺していった。おばあちゃんの古い友だちだっていうミン婆さんが言ってた   「あの時ほど人間に生まれなくてよかったって思ったことはなかったよ」。
ミン婆さんはチャイナの出身で、チャイナのどこかはよくわからないけど、ナンキンの近くだって言ってた気もする。そこはジャパンの人間がチャイナの人間をたくさん殺したことで有名な場所だった。「おばあちゃんもそうなの?」「あんたのおばあちゃんは北の方だね。マンシューかもね。詳しくはわからないよ。あんまりしゃべらないからね」

 おじいちゃんはジャパンに船でやってきた。アメリカで造られたジャパンの船で、年老いた船だった。犬でいえば目がしょぼくれて、足が萎えた老犬、起き上がるだけでも1分かかる。そんな船だった。喫水線が水面下に沈むたびに、ゴロゴロお腹がこわれたみたいな音が鳴り響いた。「おれも早く引退しんたいんだよ」口癖だった。「引退してどうするの?」聞かれてもなにも答えずに汽笛を鳴らしていた。
 引退した船はバクテリアが死体を分解するみたいに、人間に分解されることを知ったのはずいぶん経ってからだった。

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