五吉さんに連れられたのは川の上流、かつて太郎さんが岩を落として水流を変えたという谷でした。見下ろせば谷底の川は上流から分岐した下流まで、どお、どお、茶色い水が激しく飛沫を上げて、その水位は太郎さんが落とした岩や倒れた木々も覆う程に上昇していて、その両岸は、ざり、ざり、勢いよく削り取られていて、川は今にも、村へ続く水流も勿論のこと、何処から氾濫しても不思議ではないような状態でした。
「この調子じゃあじきに村ごと流されちまう」
五吉さんが言いました。
「雨さえ止めばきっといいんだがそんなわけにもいかねぇ」
三助さんが言いました。
「これはもう、ユメさんの力を借りるしかねぇと思って」
村長が言いました。聞くまでもなく私はその言葉の意味が解りました。
「今すぐ行きます!」
私は走りました。泥水が跳ねて目に入っても立ち止まりませんでした。村が濁流に襲われる、そんな悲惨な光景がぎゅう、と胸を締めつけました。けれども太郎さんならきっと何とかしてくれる。不安そうに表で雨を浴びる村人たちを横切って、私は急いで家に向かいました。
「太郎さん!」
雨水を叩かず私は居間にあがりました。未だ眠る太郎さんを揺さぶり起こしました。太郎さんはぼんやりした目で私を眺めて、
「……どうしたんだい?」
と悠長なことを言いました。私は何だかカッ、とするようでしたが、深く息を吸い込んで頭の中に言葉を纏めました。
「川が氾濫しそうで、このままでは村が流されてしまいます。またあの偉業のように、村を救ってくれませんか」
言い終えると太郎さんはほおっ、と欠伸を一つして、
「なら、大丈夫だよ。ほうっておけばいい」
と言って、ごろん、寝転がってしまうのでした。
「太郎さん! 本当に、そんな時ではないんです!」
私は直ぐに太郎さんを揺すりました。けれども太郎さんは寝転がったまま私を眺めて、
「大丈夫。ユメさんもここに居たらいい。眠るのはいいぞぉ……」