小説

『寝太郎、その後』伊藤円(『三年寝太郎』)

 なにせ太郎さんは村の英雄ですから、たとえば仏さまみたいなもので、生きるには困らない程度の食事や衣服は村からお供えされて、私の役割はそれを料理したり、部屋を掃除したり、庭の花の世話をしたりするだけだったのです。少しく侘しさのようなものもありました。遠く両親を想って知らぬ内に涙が零れる時もありました。けれどもそんな時、太郎さんはむくり、と三年寝太郎のお話のように起き上がって、「大丈夫だよ」と背中をさすって慰めてくれるのでした。そんな慰めの後や、目覚めている時、私は太郎さんに色々なことを尋ねました。三年寝太郎の伝説のこと、その後の働きのこと、どうして、私を嫁に選んだのか。しかしそんな時太郎さんは薄く笑みを浮かべるばかりで、直ぐに、ごおう、ごおう、鼾をかき始めてしまって、それから、私もつられて眠ってしまうのでした。
 ぐうたらした生活が暫く続きましたが、間もなく私は村の仕事を手伝い始めました。村人の方たちは「奥さまにこんなことさせられん」と口を揃えましたが、いくら英雄の嫁とはいっても、働きもせずにご飯を食べたりするのは忍びなかったのです。それに太郎さんは毎日眠っていて、隣に居ると私も何時の間にかこっきり眠ってしまいますが、やはり、退屈な気持ちはあったのです。そうしてせっせと働くうちに、幾分か警戒していたような村人とも打ち解けて、夏が終わる頃にはしっかりこの村の一員になっていました。そうした四方山話に出されるのは決まって太郎さんの様子についてでしたが、毎日眠っているだけだと解ると、そんな話題も消えました。同様に私も、偉業などどうでも良くなっていきました。気の合う村人と日々を働き家に帰れば、ごろ、ごろ、雷雨の夜でも、にぎ、にぎ、森の鳴く夜でも、しく、しく、憂鬱に塞いだ夜でも、いつでもすっ、と背中を撫でて穏やかな眠りに誘ってくれる優しい太郎さんがいる。それだけで幸せでした。
 けれども、ただの一人、幸福に水を差す人がいました。
 それは村が旱魃に悩んでいた頃、太郎さんを殺そうと画策するよりも前、村長が西の何処かから招待した祈祷師でした。結局、太郎さんが行動した後に到着して、神さまの怒りを鎮めるという儀式をして、帰らずに村の空家に居つくようになったそうでした。当初こそ村仕事を手伝ったりしていたようですが、太郎さんのお話が広がり始めた頃に気が触れてしまったらしく、村中を歩き回って太郎さんの悪口を並び立て始めたそうでした。田に苗を植えていれば、その回りを、ぐる、ぐる、廻りながら、
「見たところ寝太郎は眠ってるんだな! そりゃいかん! どうしてあいつに働かせないんだ! あいつが英雄なわけがない! 岩を動かして水の流れを変えるなんて誰にでもできる! まぐれをこうも持ち上げてちゃあ、そんなやつの引いた水で田なんてやってちゃあ、神さまのバチがあたるぞ!」

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