「申し遅れました。私はハートのジャックと言います。以後お見知りおきを」
「もう覚えたわ。ハートのジャックさん」
「ええ。私はハートのジャックです。私はある国で女王のタルトを盗んだことで裁判というものをかけられました」
「タルトを盗んだ?」
「そうです。私がこの世界にいる限り、その罪を知る者はいませんが、その代わり、私は愛した世界にはもう二度と戻れないのです。もしそのタルトを盗んでも、お嬢さんにはわかりやすく申した方がいいでしょう。ごく手短に申すと、人のものを勝手に使ったと言っていいでしょう」
「ハートのジャックさんはそんなことをしたのですか」
「いいえ。断じて違います。そんなことはしていないのです。しかし私は有罪だという証拠の詩が提出されるとその詩についてあれこれ言い合い、その結果、私がやっぱり犯人だろうということで、私はその世界の罪人になりました」
「かわいそうな、ハートのジャックさん。そうだ。あなたにもお花の輪を作って差し上げられたらなと思います。少しの時間くださいな」赤ずきんは同じ白い花を集めて、花の冠をハートのジャックに作ってあげました。ハートのジャックは恥ずかしい反面、嬉しくもありました。いや、こんな感情は初めてだったので、やはりそれには戸惑いました。こんな気恥かしさと喜びの入り混じった感情はどうして生まれてきたのかも不思議になりました。女王の下ではこのようなことは一度たりともなかったからです。
それから赤ずきんに今がお昼だということを伝えました。女王に使えていた身分でもあったので、ハートのジャックは時刻という概念について知っていました。ハートのジャックがもう昼の時刻を過ぎてしまったことを伝えると、赤ずきんは我に返り、お祖母さんの家に向かおうと再び、歩き始めました。ハートのジャックもまだこの世界に来た目的が見つかっていないこともありましたし、年長者である赤ずきんのお祖母さんならば、この世界について詳しいところを知っているのではないかと思い、赤ずきんの許可を得て、彼女についていくことにしました。
それからの道なりは、ハートのジャックがかつての世界で経験したという女王の所業について幾ばくか語り、赤ずきんの笑顔を見つけたり、悲しい顔を見つけたりしました。ハートのジャックは女王のそのような顔を見たことがなかったので、これにはいたく感動したそうです。
そしてお昼も下がった時間になる頃に、件のお祖母さんの家に着きました。二人で揃ってドアをノックして、何か妙だと思いました。お祖母さんとは違う誰かの声が聞こえたからです。でもドアの先にいた相手を見てほっとした顔を赤ずきんは見せました。狩人のことは聞いたことがありますし、やはりアリスの姿が見えたことで、赤ずきんは喜びました。しかし喜んだのも束の間、狩人からここにお祖母さんがいないことを告げられました。