小説

『桃産』大前粟生(『桃太郎』)

「はぁ」と私は答えた。
「いや、ほんとにね。でないと、障害のあるお桃ちゃんが産まれる可能性があります」
「障害、ですか」背筋が冷たくなるのを感じた。
「そう、手足が生えていたり、口があったり目があったり鼻があったり耳があったり」先生は間を置いた。「性器があったりするお桃ちゃんが」
 そんな桃が産まれたら、私はどうすればいいのだろう。もし妊娠の途中で障害のある桃だとわかったら、私はどうするのだろう。産むのだろうか、おろすのだろうか。手足を持った桃は産まれてきてしあわせだろうか。つらいことがたくさんあるんじゃないか。でも、産まれるということはそれだけで祈りなんじゃないか。だったらもし目や口のある桃でも産んだ方がいいんじゃないか。でもそれって、私のエゴでしかないんじゃないか。桃は産まれることなんて選べないのだから。性器のない桃を産むことだって、私のエゴでしかないんじゃないか。というか、障害ってなに? どこからが障害で、どこからが障害じゃないの? 健常ってなんだろう。どうして分けられているの? よくわからない。そもそも、こんな社会に産み落としてしまっていいのだろうか――。
 いくら考えても私は落ちこむばかりだった。だから、保留にした。考えることをやめた。とにかく今自分にできることをやろうと思った。

 桃色のエアロビクス服を着ながら、私は他の妊婦さんたちといっしょに鏡の前に立って、股間を開けるだけ開いている。膝を90度に曲げて、背筋を伸ばしながら腰を落として、両腕は山を作るように三角形に構えている。
「もっとこう、肩をぐいっと後ろにひいて」とサキさんが横から指図してくる。「そうそう、いい感じ、その角度が〈鬼が島〉だから、体で覚えておいて」
 桃産のためのエアロビクスでは、〈鬼が島〉という三角形のゾーンを意識することがなによりも大事らしい。「〈鬼が島〉だからといって、この三角形が諸悪の根源だなんて思わないで」とサキさんはつづけた。「鬼なんて、私たちが勝手にマイナスのイメージとして捉えてしまっているだけのものなんだからね。産まれてくる桃ちゃんには、そんな固定観念なんてない。でも、私たち大人の無意識は鬼を悪いものとしている。桃ちゃんを自由で、グローバルな、国際社会で活躍する桃ちゃんにするために、私たち母親が母性でこの〈鬼が島〉を包み込んであげるの。エアロビクスが体のためにいいっていうのはもちろんだけど、精神的にも大事なのはそれが理由なの」ちょっと意味がよくわからない。
 それから私は顔中の筋肉を顔の中心に集めるようにして、頭の近くで開いた手を少し曲げて、全身の体勢を保ったままぴょんぴょんと飛び跳ねつづける。これが、〈猿のポーズ〉。

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