小説

『次は、』氏氏(『百物語』)

 「うん!」
   *
 子どもたちが村中をかけまわり宣伝してくれたお陰で、お寺の本堂には全員の村人が集まった。なにせ、数十人しか住んでいない山中の農村なので、あっとうまに伝え終わる。与作の話上手は、子どもたちから散々聞かされていたので、村人たちは何の疑問ももたず、仕事をはやめに終え、夕食後提灯をぶら下げてやってきたのだった。
 全員が集まったところで円になり座った。その中心に、湿らせた草を筒状にしたものを床の隙間にさした。それに火をつけ、持ってきた提灯を吹き消すと、辺りは夏の夜の黒色に染まった。
 「与作、こりゃあ、顔がほとんど見えねぇなぁ」
 村長は中心の明かりに少し近づきながら言った。
 「えぇ、えぇそうでしょう。今の村長の顔。どうなってるんでしょうね」
 「はは、怯えてるかもしれんな」
 村人たちは笑った。村長は80歳を超えているはずだが、未だにクワを振り上げて畑を耕す。妻は数年前に他界したが、こちらも大変に人徳溢れる人間だった。
 「与作や、あんたうちの子どもあんま泣かさんといてなぁ」
 さきのおっかさんの声がした。与作はすぐに頭を下げた。それを感じたおっかさんはいった。
 「頭下げても、見えんからねぇ」
 また村人たちは笑った。さぁもうそろそろと、与作は立ち上がった。
 「ほんじつは、集まってもらってありがとう。100つ話すつもりだけど、おらばっかりじゃあ、つまんねぇから、みんなにも話してもらうというのは承知の通りで。じゃあ、まずはおらから。」
 その瞬間、村人たちは静かになった。虫がお寺の側面にぶつかる音が聞こえた。
 「これはな・・・おらが都へ草履を売りに行ったときの話だ・・・」
 *
 『都っていうのは、ほんとに人間がたくさんいてな。おら、そんなの慣れてないもんだから、同じ道を行ったり来たりしてたんだ。ばかみてぇだろ。でも、正直どこでなにすればいいか、検討もつかなかった。たぶん、都の人たちは、「あの田舎もん、アホでぇ」とか思ってたな。
 そんなおらに声をかけた変わり者がいたんだ。それまたすっげぇべっぴんさんでな。おら、こういうおなごを嫁さんにしたいと思ったんだ。その女、すみれと名乗った。
 都に出てきた理由を言うと、えらく驚かれてなぁ。そんな遠いところから、お疲れでしょうって、「だんご屋」に案内されたんだが、そこのだんごがうめぇのなんのって。いつも食ってるもちはなんだったんだとね。

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