「参りましたが人混みが多くて、あまり良く見物できませんでした。やはり見物は桟敷でなくてはなりませんな」
貞光が取りつくろって答えると、綱は更にたたみ掛ける。
「ほう、牛車からは物見はできませんでしたか。あははは・・・」
季武は口を真一文字に結んで、一言も発せず綱を睨みつけながら門を入った。
その後から金時は、真っ赤な顔でちょっと会釈をすると、これも無言で続いた。
金時は綱の嘲りを気にする余裕などなかった。彼の頭の中は姫のことで一杯であった。
それから一年が経ち、また賀茂の祭りがやって来た。今回は姫の牛車の警護役として祭りに行った。大路を行く雑踏の中で金時はかつて経験をしたことのない幸福感を味わっていた。数多い物見車で姫の車が一番美しいと思われる。高貴な女房どもが乗っているビロウ毛の車や赤糸毛車よりも美しい。それは姫が乗っているからである。例え小八葉の車であっても、どの車よりも美しい。
東国のそれも山奥で生まれ、武骨いっぺんで育った彼は恋を知らなかった。一年ほど前から頼光の供をして姫の屋敷へ行くようになっていたが、なぜか供はたいてい金時ばかりである。他の四天王たちはうらやましがった。とりわけ綱は度を越していた。貞光と季武は思慮深いたちであったので、頼光が金時を供に連れる訳を知っていた。
焼き餅、男の嫉妬ほど激しいものはない。それが恋とからまると大変である。
何かにつけて綱は金時につらく当たった。だが、野暮な金時には綱の仕打ちは通じない。そんな金時の無神経さに苛立ち、ますます逆上する綱。それを見ていて貞光と季武も金時への同情を寄せ始めた。
二人は綱を散々あざ笑ったが、言葉のはしばしに恋敵への憎しみと警戒感があった。貞光はそんな自分にふと気づき、思わず顔を赤らめることがあったが、季武はそのようなことはなかった。しかし二人共、金時に対しては好意を持っていた。それは金時の恋が、決して叶うことのないものだという点で、自分たちの恋と似ていたからであろう。同病相哀れむ。同情とは共通の敵がいて強まるものなのだ。
さて金時である。金時は姫の屋敷で度々姫を垣間見るうちに、姫のことばかり思うようになっていた。いくら東国の山家育ちであっても、それが恋だと気づいた。そうなると姫と自分の身の上の違いを思い知るようになり、とうてい叶わぬ恋だと自覚した。
それからというもの金時は無口になり、綱はもとより仲の良い貞光季武とも余りしゃべらなくなった。特に話題が姫のことになると、むっと口をつぐみ相手を睨みつけた。そうなると三人も金時の異変に気づき、彼の前では姫のことを話さなくなった。
金時には、武人として手柄を立てて名を上げること、主人にしっかり仕えて認められることなどはどうでもいいと思えてきた。ただ姫のそばに居たい。それだけを求め願うようになった。