小説

『金太郎の恋』露風真(『今昔物語』)

 当日、三人は計画通りに牛車を女車にしつらえると、まことに怪しげな水干袴すいかんばかまを着込んで、これに乗り込んだ。履物は車の中に隠した。しかし、普通の女車のように、車簾の下簾から女物の袖を出して見せることまでは、知恵が回らなかった。見るからに怪奇な女車が大路を往くことになった。
 車の中の三人は東国育ちで身分も低い侍だったので、いまだ牛車に乗ったことは一度もない。車の中の乗り心地は最悪だった。三人はまるで蓋をした箱の中に入れられて、上下左右に激しく揺さぶられたようになった。車の天井や横板に頭をぶつける、お互い同士でぶつかり合う。また仰向けにひっくり返る、うつ伏せにころぶなど、さんざんな目にあった。
 こうして芋の子を洗うようにして牛車に揺られて行くうちに、三人ともすっかり車酔いになり、ヘドを踏み板に吐き散らかし、烏帽子までもずり落としてしまった。たまらずに車の中から大声が出る。
 「そげに急ぐな、急ぐな。もそっとゆっくり行け」
 しかし、引く牛は都でも知れ渡った大牛で、力の強いことは言うに及ばず、走力も並外れて速かった。このような者は得てして身の程をわきまえず、不遜な考えを持つものである。この牛も自分こそ都一の早足と思い上がっていたので、馬を見ると何時も並びかけて全力で走り出す始末。
 折悪しく大路には祭り見物に馬で向かう者も多勢いたので、行く馬に幾度も走り掛かった。牛車の中からしきりに牛と牛飼への罵声が飛び交うので、道行く人々は不審に思い、
『この女車には、どんな女が乗っているのだろう。まるで獣が吠えているような声だ。それに車からは打出うちできぬも出ていない。どうせ作法を知らぬあづまの娘どもでも乗っているのであろう』などと言い合った。また、耳ざとい者が、
『いやいや、そうではあるまい。声を聞くと、あれは人の声ではないようだ。この世の声とは思われぬ。おそらく鬼の娘の声であろう』と言い張る。
 すると『鬼の声を聞いたことがあるのか』と突っ込まれ、『ある』と即座に答えたが、『鬼は夜行するものじゃないか』と反論されて、『だからああして車の中に隠れているのじゃ』と辻褄を合わせて、ニヤリとしたり顔をする。しかし他の多勢の通行人はてんで合点がいかず、大声を出しながら疾走する女車に首を傾けたまま見物所へ向かった。
 奇怪な女車がやっとのことで見物所に着くと、三人の大男はころげるように地面に降りた。しかし物凄い速さで揺られて来たので、酔いと疲れのために立つことは出来ず、地べたに横になったままで動けない。全く情けない姿であったが、そこは武士。三人とも扇で顔を隠して回復を待つことにした。
 しばらくして金時は気分が少し良くなったので、立ち上がろうとしたが目まいがしてまた地面に倒れた。しかし半身は起こすことが出来たので、あぐらをかくと周りを見渡した。周りには大きな人垣が出来ていた。大勢の人は行列の見物そこのけで、車酔いの三人を見てガヤガヤと騒いでいる。

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