泰三は、安らかな気持ちでまわりを見つめた。
そこには、いくつもの子や孫やひ孫の顔があった。
泰三は気づいていた。そんなささいなことよりも、この家があるだけで、家族がいるだけで十分だったのだと。
知らなくてよいものは知らなくてもよいのだ。
この平和がいつまでも続くのなら…。
泰三は、自分の瞼がだんだんと重くなっていることに気づいていた。
視界がぼんやりと狭まっていく。
呼吸も、ずいぶんと遅くなっていた。
時間はもうない。でも、悔いはなかった。
そうして、泰三は閉じていくままに目をつむった。
…そのときだった。まるで白い服の上にぽつんとインクのシミがついたときのような違和感が、ふいに泰三を襲った。
(では、もしあの襖が開くようなことがあるならば、それは何を意味するか…。)
薄れいく意識の中で泰三はそんなことをぼんやりと考えはじめていた。
長い年月の中で、泰三はこの家の気持ちが何となくわかりかけていた。
だからこそ、生まれた疑問でもあった。
(もし…この襖が開くことがあるのならば、それは…きっと…。)
ぬぐいされない不安、育ってゆく不安。
ゆっくりと泰三の中で、確信にも答えが浮かび上がろうとしていた。
泰三は、必死に警告を発しようと口を開けた。
伝えねば、伝えなければならない…恐らくそこには…。