小説

『開かずの座敷』化野生姜(『見るなの座敷』)

思い出の中の祖母は、厳しくも、優しい人だった。
襖を開けようとする泰三をしかり、あとは決まったように自分の膝元にひきよせてお菓子を渡す。祖母はそういう人だった。

『いわれなんてのは知らないけれどね。ただ私も、この場所を開けてはいけないと何度もしかられたものだよ。もちろん、その度にひどく反発したものさ。でもね、確かに開けようとはするのだけれど、その度に誰かの邪魔が入って、結局開けられない。そんなことが何度も続いて、そうして年月が経って、いつのまにやらこの年になっていたのさ。…でもね、今になってから思う。ここは、そういう場所なのかもしれないってね…。』

そこまで言うと、祖母はいつものように口元に手を添えて、くつくつと楽しげに笑った。そんな祖母を見て、幼い泰三はそのつど首を傾げていた。
そのときの泰三はまだ分からなかった。
祖母の笑った意味が。彼女の心のうちが。

泰三は、それからこりずに何度も中を見ようと試みた。
だがその度に、祖母や父や母親に見つかり、なんとなくやめてしまう。
そうしてそんなことが続くうちに、とうとう泰三も祖母と同じ年になっていた。

(そういうものなんだろうな…きっと…。)

もう、輪郭しか見えないが、泰三はかすんだ目で襖を眺めた。
家も自分も、もうずいぶんと年をくっていた。
それだけに泰三にも、この住み続けた家の気持ちが何となくわかってきていた。

(そう、きっとこの襖は開けられることを望んではいない。いや、この座敷そのものが中を見られることを決して望んではいないのだ…。)

閉ざされた座敷。その中に何があるかはわからない。
だが、泰三はもう中を見る必要など無かった。

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