泰三爺さんが床につくと、家族は最後を看取るために彼のまわりに集まった。
家長である長男はもう耳が聞こえない泰三にゆっくりと何かを語りかけていた。
医者である次男はその弱々しい脈を静かに取っていた。
そうして、一番年下の三男は泰三の足元で泣きじゃくり、そのまわりには幼い子供たちがここで何が行われているのかわからないという表情で泰三を見つめていた。
薄れいく意識の中で、泰三はそんな子や孫の姿をじゅんぐりに見つめていった。
どの子供も孫も、とうの昔に成人しており、中にはまだ幼い自分のひ孫にあたる子を抱くものすらいた。
それは、築三百年の旧家で四世代にもわたる大家族であった。
泰三は、それを見て小さく微笑んだ。
それは九十余年という人生の中で十分と言っていいほど幸せな光景だった。
次いで泰三は、ゆっくりと自分と苦楽をともにした部屋を見渡した。
しみの浮いた天井、桐のタンス、鶯の模様の入った欄間、本の詰まった本棚…
かすみゆく視界の中で、自分の最後を向かえる部屋を見つめていく。
そうして泰三は、ある一点で目をとめた。
そこには、一枚の閉じられた襖があった。
『襖を開けて、座敷の中をのぞきこんではいけない。』
泰三は、昔からそう戒められていた。
その座敷には、いろいろな呼び名があった。
「開かずの座敷」、「見るなの座敷」…。
いつからそれが言われていたのか、それは泰三にも分からない。
ただ、泰三はその襖を何度も開けようとして、その度に祖母にしかられていた。