小説

『ミスター・ワンダフル』中村吉郎(『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ)

「この会社はどうなる?」
「なるようになるさ。その前に、俺はそう簡単に死なんよ」
「私もそう思えてきた」
 丸井さんは勝の平静さに驚き、呆れた。この男にとって、怖いものはないのか。それでも、自分は彼に伝えることがあってここへ来たことを思い出し、話を続けた。
「信じるかどうかわからないが、さっきも伝えた通り、君の寿命は今日迄、あと5時間程だ。その間に、この事務所に3人の人間が来る」
「3人か?君に言われなくても2人は確実にわかる。一人は甥の好夫だろう。毎年、クリスマス・イブに挨拶と称して小遣いをせびりに来る。今年はやるつもりはないがね」
「小遣いぐらいあげてもいいだろう。彼は今失業中なのだから」
「失業中だからこそやらないんだよ。働かざるもの食うべからず。人に金をせびる前に、必死で仕事を探せって言うんだ。来年25になるんだぞ」
 好夫君がもう25歳か。自分が死んだ時はまだ高校生で、制服で葬儀に参列してくれていたことを、丸井さんは思い出した。
「2人目は、倉地君だろう。今日の現場を終えて、直帰せずに事務所に顔を出す筈だ。明日の休みを申請しにな。休ませてやるもんか」
「クリスマスぐらい休ませてやってもいいだろう」
  倉地守は、丸井さんが亡くなった後、勝が面接をして雇った社員で、今は役員でもある30代の男性だ。それまではCDショップの店長をしていたらしい。音楽はダウンロードが主流のこのご時世、勤務先の店は売上不振で閉店となり、奥さんと3人の子供を抱えて派遣の仕事を転々としながら、ようやく社員として雇われたのが「ありがとう式典」なので、仕事への意欲は並々ならぬものがある。
「倉地君は仕事熱心だが、クリスマス、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆あたりに休みを取りたがる。しかし、この仕事を選んだ以上、そうも言っていられないのは、君も重々承知の筈だ」
「でも、彼には家族がある」
「その家族を養うための仕事だろう」
 勝の言うことにはいちいち説得力がある。
「あんたの言う通りだな。私は、そこまで部下に仕事を強要出来なかったけどね」
「悪役は全て俺が引き受けたからな」
 丸井さんはそれ以上勝には言い返さず、話を今夜の来訪者に戻した。
「さて、2人までは正解だが、3人目の来訪者は誰だと思う?」

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