小説

『満員電車』遠藤大輔(『蜘蛛の糸』)

「お待たせしました。ドアが閉まります。お荷物お身体をおひき下さい」

 一瞬の出来事だった。

 ドアが閉まる直前に、無理に乗りこんでこようとした人を車内の誰かが押し出した。将棋倒しのようになって、電車内でも電車の外でも数人が倒れ込んだ。僕はぎりぎり巻き込まれなかったが、倒れた先にあの鼻すすりジジイの姿があった。杖は遠くに飛ばされ、どこか打ちどころが悪かったのか、電車の外に放り出されたまま動かなかった。若い女性が声をかけたり、救急車と呼ぶ声があがったり、悲鳴をあげる人もいて阿鼻叫喚の地獄と化した。
 しばらくして係員がやってきて、周りの乗客数人が付き添い、老人は運ばれていった。それから間もなくしてドアが閉まり、さきほどより幾分空いた電車が動き出した。放り出されたのが僕じゃなかったのは、やはり占いの通りなのだろう。少し胸をなでおろしていると、誰かが僕のズボンを引っ張っていることに気づいた。最初は誰か分からなかったが、視線を落とすとすぐに正体が分かった。小さくて他につかまるところがないから、僕につかまっているんだと思っていると、僕の方を向いてゆっくりと口を開いた。

「どうしておしたの?」

青い目をした少女がそう言った。

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