「馬鹿ね、黙っていればいいだけのことでしょう?」
沙希はそう言って、喉の奥でくつくつと笑った。きれいだけど、不吉な笑顔だった。
──この女、まともじゃない。
それはすぐにわかった。だから、一回きりでやめればよかったのだ。歌舞伎町は狭い町だ。こんなことをしていて、兄貴にばれないはずがない。祐二には、それがよくわかっていた。
わかっていたのに、やめられなかった。まるで麻薬に溺れるように、沙希の体に溺れた。
もしも、沙希に少しでもまともな向上心らしきものがあれば、銀座のホステス、いやタレントを目指すことだって、あながち無謀な夢とは言えないほど、彼女は美しかった。アーモンド型の大きな目は金色に近い薄茶色で、酷薄なほど澄んでいる。つんと上を向いた小さな鼻と、口角の上がった唇が、整った顔の冷たい印象をやわらげる。そして、信じられないほど、肌理の細かい滑らかな白い肌。
「私、どうしてもこれ以上はやせられないみたい」
と、沙希が言う通り、彼女の体はうっすらと脂肪でおおわれ、よく熟した白桃のように、触れれば指の跡がつくのではと不安になるほど、やわらかく、そして、艶やかだった。
祐二は、沙希をいかれた女だとわかりつつ、その肉体を手放すことができなくなっていた。
「いらっしゃい」
ドアを開けた沙希は、シャワーを浴びたばかりなのか、タオル地のバスローブを着ていた。化粧気のない顔は、二十五歳という年齢よりも、ずいぶん若く見えた。下には何も身に着けていないのだろうと思うと、それだけで、祐二の体に欲望の火が点った。
ふっと覚えのある香りが漂った。
──この香り? ジャスミンか?
さっき、エレベーターの中で、同じ香りを嗅いだような気がするのは、気のせいだろうか?
ドアを開けると、がらんがらんと呼び鈴が鳴る、古い喫茶店に修一は入り、アイスコーヒーを頼んだ。しばらくすると、小太りの女が転げ込むように入ってきた。
「修さん、ごめんなさい、病院混んでて遅くなっちゃった」
「腹、だいぶ、でかくなってきたな」
修一が言うと、女はうれしそうに自分の腹をさすり、うん、とうなずいた。