新宿御苑に近い、タイル貼りのマンションの前に、男がひとり、浮かない表情で立っていた。身長百八十センチはあるだろうか。頭が小さく、足の長いすらりとした体型は、ファッション・モデルのように見える。日本人離れした彫りの深い顔立ちで、黒い大きな瞳が印象的だ。
男の名前は長沢祐二、修一の弟だ。この、姿の良い弟がいるから、修一の傷は、よけいに人の憐れを誘う。
──あの兄貴も、傷さえなければねえ。
二人を知る人は、祐二のハンサムな顔を見る度に、決まってそう思ってしまうからだ。
祐二はあたりに人目がないことを確認するように見回してから、オートロックのキーパッドに、七○二と打ち込む。しばらくして、インターフォンから、
「はーい」という、作ったような明るい声が返ってきた。
「俺だけど」祐二がうつむいて、小さな声で言うと、入り口のドアが開いた。
エントランスには合皮のソファが置かれ、あまり手入れの良くない観葉植物が飾られている。祐二は一基しかないエレベーターの階数表示を眺めた。七階で一度エレベーターが停まる。誰かが乗ったのだろう。エレベーターが降下を始め、祐二の待つロビー階で停まる。
降りてきた初老の男が、祐二の顔を見て、一瞬驚いたように見えた。
──知り合いか?
祐二は、警戒した。ここに来たことは誰にも知られたくなかったからだ。だが、顔を見ても男が誰だかわからなかった。男も祐二に話しかけることなく、エントランスから外に出て行った。
五十代、いや六十代か。長めの白髪が脂じみていて、不潔な感じがした。ぼってりとした唇がいやに肉感的で、人をぞっとさせるようないやらしさがある。いい年をして、こんな時間から、いかにも女と密会してきたばかりという空気を漂わせて……と、そこまで思ったところで、祐二は首は振る。
──人のことは言えないか。
祐二はこれから会う女のことを考えた。藤島沙希。修一のつきあっている女だ。
沙希は歌舞伎町でも一、二を争う大きなキャバクラで働いている。祐二がバーテンをしている店に、仕事終わりの沙希が飲みに来たのが、知り合ったきっかけだ。店の客には、祐二目当てのキャバ嬢が多いから、言い寄られても、意外と思わなかった。祐二はいつもの通り、誘われるままに女を抱き、ことが終わった後で、女が兄の恋人だと聞かされたのだ。
「わざわざ人をもめ事に巻き込むのが、お前の趣味なのか?」