「どういう意味も何も、沙希はあんたの手に負える女じゃないってことよ。娘のことを悪く言いたくはないけどね、所帯を持つのに向いている女じゃないよ」
「あいつ、どこにいるんだよ」
「わかっていても、言うもんか。あんた、あの子のこととなると、何をしでかすか、わかったもんじゃないからね」
「もしかしたら、また藤城のじじいの所に行っているじゃないだろうな?」
「どうだかねえ。私もあの子のことばかり、四六時中見張っているわけにはいかなくてね」
「あんた、自分の亭主が娘に手を出しても、平気なのかよ」
「手を出すって言っても、どっちが手を出しているんだか」
「なんだと」
修一は、今にも殴りかかりそうな勢いで、真理子に詰め寄ったが、真理子は少しも怯まなかった。修一が女に手を上げるような男じゃないとわかっているからだ。
──この優しさのせいで、こいつはもっともっと暗い所に落ちていくんだろうね。
真理子はそう思って、タバコの煙を吐き出しながら、溜息をついた。
「ああ、そう言えば頼まれていたもの」
真理子はカウンターの裏側に回り、一通の封筒を取り出した。
「青木事務所の図面と、金庫のナンバー」
カウンターに置かれた封筒を見て、修一は胸ポケットに手をやる。
「いくらだ?」
「いいよ、持って行きな」
修一は真理子を見つめ、しばらく黙っていた
──この女が金を要求しないなんて、どういう風の吹き回しだろう? 何か裏があるのか。
一瞬疑ったが、結局、修一は封筒を胸ポケットにしまい、財布から一万円札を十枚取り出し、カウンターに置いた。
「これで、貸し借りはなしだ」
修一はそう言い残して、店を出て行った。
「あの傷さえ、なければねえ」
真理子はカウンターの一万円札を数えながら、一人、つぶやいた。