小説

『仇討ち太郎』星谷菖蒲(『桃太郎』)

「して、貴方はどなたなのだ?」
「俺か?」
「おう。神か狐狸か、或いは化け物の類か?」
 桃谷の問いに対して、男は喉の奥を鳴らした。桃谷はその様を見て不気味に思い、眉を寄せる。布団から起き上がろうとしたが、男が桃谷の上にまたがって立っているからそれはかなわなかった。ますます険しい顔をした桃谷が男を見る。
「このような刻限に人様の寝所へ押し入るとは、なんたる無礼者か」
「それもそうだな。これは失敬」
 男はそう言ったものの、動く気配がない。桃谷は、これが夢ではないような気がしていた。低い風の音や晩春の暖かな空気を肌に感じる。動く気配もなく黙り込んだ男に対して汗が浮かび、流れる。嫌な不快感が桃谷を襲った。
「まずは其処を退いていただこう。話はそれからだ」
「……こんな風に」
「何?」
 桃谷がそっと枕元の刀に手を伸ばしかけたとき、男が言葉を発した。桃谷がぴたりと動きを止めると、男は両手を振り上げた。その手には何か握られている。長く、大きなものだ。
「こんな風に、お前の先祖は俺の先祖を殺したのか?」
「何を、」
 桃谷が怪訝そうに顔をしかめた直後、男の腕が勢いよく振り下ろされた。桃谷の呻き声をかき消すように、鈍い音が何度も繰り返される。やわらかいものの潰れる音、かたいものの砕ける音がしんとした夜の静寂を打ち破る。
 ようやく男が手を止めた。肩で荒く息をしているが、汗はかいていない。
 家人が物音に気がついたようで、慌ててやって来る複数の足音が聞こえる。男は足元で動かない肉塊と化した桃谷の上から退き、音が向かってくる障子に向き直った。その手には、血に濡れた大きな金棒を握っている。
「旦那さま、旦那さま! 何やら大きな音がいたしましたが、ご無事でしょうか?」
 失礼いたします、という声とともに障子が開く。使用人が持っている燭台の光が男の姿と動かない肉塊を包む桃柄の着物を照らし出した。使用人は「ひっ」と息を飲むと男を見上げた。男は唖然としている使用人のことを、楽しそうな笑みを浮かべて見下ろす。

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