小説

『仇討ち太郎』星谷菖蒲(『桃太郎』)

「殺す予定じゃなかったのさ」
「しかし、現場を見られたのであろう?」
「見られようが見られなかろうが、関係ない」
「関係ないとはどういうことだ」
「殺す必要がなかったからだ。見られても、見られなくても」
「……では、なぜ桃谷太郎及び其の一家を殺す必要があった?」
 新たな問いに、それまで流暢だった鬼塚の口がぴたりと閉じられる。鬼塚を押さえつける棒にますます力がこもる。しかし鬼塚は何も言わず、目の前の男をただ見つめている。鬼塚を押さえつけている男が口を開こうとしたとき、鬼塚の目の前の男が片手を挙げた。
「離してやれ」
 鬼塚を押さえつけていた男たちは困惑の表情を浮かべながらも、言われた通りに背中を押さえる棒を離した。解放された鬼塚はゆっくりと身を起こすと、血走った目で真っ直ぐに男を見据えながら、ようやく口を開く。
「――聞いてくれるかい、俺の話を」
 そして、語り出した。

 
「桃太郎の話を知っているか?」
 唐突に話しかけられた桃谷太郎は、「これは夢だろうか」と思った。床についてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。目の前は薄暗い暗闇に覆われ、頭の中も霧がかかったようにぼんやりしている。
「もちろん知っているとも。何を隠そう、私の先祖の話だ」
「ほう。お前は、鬼を退治した桃太郎の子孫なのか」
「ああ、その通りだ」
「それは素晴らしい家系に生まれたものだな」
「うむ。私はこの血を誇りに思っているよ」
「へえ、そうかい」
 桃谷に話しかけた声の主は、不意に口を閉ざした。桃谷が寝ぼけ眼をこすると、夜の帳に覆われた寝所にぼんやりと人影が見えた。大人の男だ。障子を閉め切っているから明かりはなく、男の顔は見えない。

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