小説

『仇討ち太郎』星谷菖蒲(『桃太郎』)

 男は後ろ手に麻縄で縛られていた。筵の上に座らされ、背中には長い棒を押し当てられて上体は地面に這いつくばる形に近い。顔には殴られた痕がある。口の端が切れて血が出ている。しかし男は抵抗するそぶりを見せず、目の前の人物をじっと見つめていた。
「ではこれより、桃谷太郎及び其の一家殺害についての詮議を執り行う」
 男の目の前の人物はそういうと、そばにいる帳面を持った男に何事か確認を取った。身じろぎすることも許されずに這いつくばる男は、黙って次の言葉を待つ。
「其の方、島町鍛冶屋の鬼塚家当主、鬼塚太郎に相違ないか」
「ああ、その通りだ」
 鬼塚が男の問いを肯定する。その声は鬼塚の喉ではなく、まるで地獄から響いてくるかのように低くしゃがれていた。
「其の方、昨日三月三日に、山本町薬種問屋の桃谷一家を殺害したというのは真実か?」
「俺は最初からそう言っているが」
「桃谷とはかねてからの知り合いか?」
「いいや。話したことはない」
「ならば会ったことは?」
「それもない。俺は何度か見かけたことがあるがな」
 鬼塚は次々と重ねられる問いに答える。問いかける男の隣で、帳面を持った男が鬼塚の返答を手早く記録していく。
「いつ殺したのだ?」
「三日の夜だ。あいつの家が寝静まったころ、庭から忍び込んでやった」
「どのように殺した?」
「どうせあんたも見たんだろ。金棒で殴り殺したのさ」
「凶器はどこで手に入れた?」
「言いたくないね」
 鬼塚が言うが早いか、鬼塚を押さえつけていた棒に力がこめられる。鬼塚は低く唸った。
「其の金棒は、今どこにある?」
「さあ? その辺に捨てちまったから覚えてないな」
「ふむ……使用人を殺さなかったのはなぜだ?」

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