小説

『木漏れ日の中で息をした』水無月霧乃(民話『送り狼』)

「先輩?」
 後輩の葛葉(くずのは)の声で、俺は目を覚ました。ざわざわと人の喧騒が、広い教室内に響いている。どうやら大学の講義中に爆睡してしまっていたようだ。
「起こせよ」
「あんまり気持ちよさそうに寝ていたので、起こすのも忍びないかなと。それに、先輩見てて面白かったんで」
 葛葉はいつものように意地悪く笑い、出席カードを俺に渡す。くそ、せめて出席点だけでも稼いでおくか。ところで何の授業だったか覚えていない。黒板を見ると、「民俗学」と大きな文字で書かれているが、それ以外のことは一切何も書いていない。そうだ、この講義はいつもプリントを配るだけで、講師の話を聞いていないと、あまり理解できないやつだ。とんだ失態である。とりあえずプリントに目を通した後は、悔しいが葛葉に聞くしかないだろう。

 
「で、今回は何の夢だったんです?」
「は?」
 空いている教室で葛葉と弁当を食べているとき、唐突に葛葉が尋ねてきた。しばらく考えて、それが先程、民俗学の講義中に寝ていたときの夢の内容について知りたがっているのだと分かった。俺はよく奇妙な夢を見る。それが何かしら意味を持っているのかどうか知らない。少なくとも俺は夢占いなどというものは信じていないが、葛葉は俺の夢に興味があるらしかった。それだけではなく、最近良いことないですか? とか、悩み相談乗りますよ? とか、こいつはとにかく俺に気をかけて、周りをうろちょろしている。葛葉曰く「先輩の傍にいると、僕の人生はとってもエキサイティングなわけでして、毎日エンジョイさせてもらっているわけですよ」などと全く意味のわからないことを無駄な英単語を交えてほざいていた。
 だから唐突な葛葉の問いかけも俺にとっては最早日常茶飯事であり、こうして俺の見た夢について興味津々な葛葉に、俺は懇切丁寧に夢の内容を教えてやるのだ。俺が夢の内容について話している間、葛葉は笑みを浮かべたまま、ふんふんと相槌を打ち、真剣に聞いている。やがて夢の内容を話し終えると、「成程~」と葛葉はうんうんと大仰に首を縦に振る。何が成程なんだ、何が。

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